7-13
ふと、しびれるような直感が働いて後ろを振り返る。さっきまで倒れていた男の姿が、消えていた。血痕が、曲がり角の向こうへと続いている。
「あ、あの・・・! お姉さん!」
女性に呼びかけようにも、名前も知らないことに気づかされる。
「ん? さすがに今は忙しいよ。後にしてくれないか」
「いや、ほら、あれ!」
僕が敵がいなくなったことを伝えると、女性の目が静かに細くなる。
「マジか・・・。肋骨折れているはずなんだけど、元気だなぁ」
ため息をついて、僕と目を合わせる。
「少年、ヒーリングはできるかい?」
ヒーリング。名前を聞いて、修行中、剣精にやってもらった記憶がよみがえる。
「いえ・・・やったことないです」
「それじゃ、私は手が離せない。君が見張りだ・・・いいね」
「わかりました。武器は、これだけですか?」
僕は、棍を見る。
「うん。でも、貸さないよ」
「えっ」
「その棍をとられたら、二人とも勝ち目がなくなるでしょ」
「確かに・・・」
「大丈夫、あのダメージなら、たとえ襲ってきても、君が気づいてからでも十分に間に合う」
「・・・はい」
「コボル警備長から手が離せないから・・・できれば現れてほしくないけど」
よく見ると、女性の額には玉のような汗がいくつも浮かんでいる。
僕同様、ヒーリングは得意ではないようだ。
・・・僕も、頼ってばかりでは、ダメだ。気合いを入れて、マナを再び体に張り巡らせる。
枯葉の割れる音、風の動く流れ、環境のすべてに集中して緩やかに両手を前に出した構えをとる。
僕の体に流れるマナの量を見て、女性が口を開いた。
「少年、気を張りすぎだ。持たないぞ」
「大丈夫です。もう少し、援軍がくるまで・・・」
そうは言ったが、少し調子がおかしいことは、自分でもわかっていた。
コントロールできないくらい、マナの集中が高まっていく。コボル警備長のピンチに直面して、何かスイッチが入ったようだ。
少しずつ、瞳孔が開いて視界が明るくなり、肌で感じる世界が広がっていく。周囲の気配の一粒一粒が、僕の隣で息をしているかのようだ。
「一人・・・男の人が、来ます。今、そこの角を曲がってくる・・・」
「・・・敵か?」
「怪我はしていない・・・少なくとも、あの男ではないです」
僕の言葉通り、角の当たりから聞こえる足音が大きくなってきた。
「大丈夫か!」
武器番と思われる男が、走ってくる。
「コボル警備長が・・・負傷した! 重傷です!」
女性が、大声で男に状況を説明する。
「な、なんだって!?」
「治療できる人を、至急お願いします!」
「わ、わかった!」
武器番の男は、こちらに走ってきた勢いそのままに、Uターンをして戻っていった。
他に人の気配はない。僕たちを襲ってきた、あの男はそのまま逃げたのだろうか。
しばらくすると、複数人のSSL隊員と治療班と思われる人が走ってきた。とりあえず、襲われる可能性は消えたと考えていいだろう。
一息ついて壁によりかかると、マナがたちまち消えていく。やはり、集中しすぎたようだ。
「コボル警備長は・・・助かりますか」
僕は、女性に声をかける。
「・・・わからない。首をやられたようだけど・・・でも、息はあるから、集中治療すれば、たぶん助かる」
「・・・ありがとうございました。僕一人では、コボル警備長ともども、やられていました」
「笛が聞こえたから、着ただけだよ。・・・まさか、コボル警備長がやられているとは、思わなかったなぁ・・・」
僕は、改めて女性を見る。短髪の黒髪、武器は棍。背は僕より少し高いくらいで、ララベルさんほどは高くない。動きやすい活動的な服装をしていて、いかにも戦闘向けという感じだが、脚の出るパンツ姿は、まだ寒そうだ。
「・・・少年」
「はい」
「コボル隊の名前を全員言えるか」
「コボル警備長、ララベルさん、ディランさん、ジャヴさん、僕です」
「・・・その、ララベルは、ボインのお姉さんか」
「ええっ!?」
「いいから、答えろ」
「う、うーん・・・違います」
「ディランってのは、陽気でひょうきんなお兄さんか」
「違います・・・」
「ジャヴってのは、空気の読めないアホ男か」
「あ、そういうところありますね」
「そうか・・・少年よ」
「はい」
「君は、まだ一人コボル隊を言っていない」
「・・・ええ、そんな気がしていました」
僕が頷くと、女性は意外という顔でこちらを見た。
「なんだ、気づいていたのか」
「一人、コボル隊に休暇中の人がいると聞いていたのを思い出しました。疑って、すみませんでした」
「いいってことさ。私も、新人が入ったという噂を忘れていたよ」
「・・・レイルといいます」
「ジュリアだ。後で、飯でも食べよう」




