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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第一章 山岳の戦い
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山岳の戦い -5

「やった・・・」


浮き刀の突進の後の攻撃に僕が選んだのは、突きだった。刃長が長い武器なら切りつけてもよかったが、ナイフで「ほぼ確実に当たる」のなら、大黒猿の皮膚の厚さを考えて深く刺す方が有効だと考えたのだ。

大黒猿は、胸にナイフをさしたまま、あっけにとられた表情で、立ち尽くしている。か弱い生き物が、まさかこのような逆襲をしてくるとは、思っていなかったようだ。

僕がナイフを引き抜くと、勢いよく血が噴き出した。獣をさばくのは珍しいことではないので血には慣れていたが、呪いを受けた生き物の血と考えると、やはり気味のいいものではない。

返り血を浴びないように避けると、大黒猿は膝をついてゆっくりと倒れた。僕は振り返り、つり橋を確認する。後続の大黒猿は目前まで迫っていたが、ロープの片側を落とされたせいか、渡るのに手こずっているようで、ギリギリ間に合いそうだ。


血の滴るナイフでつり橋のロープを切断しようとしたその時、腰のあたりで枯れ枝の折れるような音がした。見ると、僕の左肘が、あらぬ方向を向いていた。

僕の腕をつかんでいる黒くて黒い影を追うと、胸から血を噴き出したままの大黒猿と目が合った。満足げな、母親が子に向けるような穏やな笑顔を見て、僕は彼らの中身は人間なのではないかと、思ってしまった。

やがて、気の遠くなるような激痛の波が、全身を駆け巡る。ナイフで大黒猿の腕を切り付けて、僕は左手を振り払い、距離をとった。大黒猿は、直立不動のまま、動かない。


大黒猿から目線を離さず、自由に動く右手で上部のロープを切ると、橋は大きく傾いた。後は、足元のロープさえ切れば、つり橋を落とせる。腰を落とすと、大黒猿の足がわずかに動いた。


(まだ、生きている・・・それなら!)


もう一度、今度は喉をめがけてナイフを突き出す。弱っている大黒猿なら、これで倒せると思った、甘い攻撃だった。

見計らったかのように、敏速な動きでナイフを持った右手首をつかまれ、ドアノブを捻る程度の動作で、握りつぶされた。僕の唯一の武器であるナイフが、地面に落ちる。


「あああああっ!!」


結果を焦っての、安易で稚拙な攻撃。自分の行動が浅はかだったことを悟りながらも、僕は次の動きを必死に模索していた。考えるのをやめても、死が待っているだけだ。激痛の中で、僕がまず思ったことは、


(マナを足から散らしてはダメだ)


だった。怪我や苦痛があると、人はどうしてもその部位にマナを集めて苦痛を緩和しようとするが、今だけはそれを避けなければいけなかった。怪我をした手にマナを集めても、今は意味がない。

両手の骨折で呼吸は乱れ、苦痛で目の焦点も合わなかったが、集中を切らさなかったおかげで、一瞬の後の大黒猿の拳をかわすことができた。

単純に腕を振り回しただけだが、当たっていたら首から先が飛んでいただろう。それが、風圧でわかる。

大黒猿も出血で限界なのか、僕をつかんでいた手を放すと、再び膝をついて両手で体を支える。僕も、大黒猿も、肩で息をしている。

満身創痍の状況で、冷静を保つつもりだった僕だったが、大黒猿のその姿を見てカッと逆上した。


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