6-2
再び三度の笛の音が聞こえた。今度は笛番だ。
「これだけ連続して笛が鳴るということは、同時多発的に何かが起きているな。人為的なものか、それとも・・・」
真剣な面持ちで、ディランさんが言う。
「このまま色々な場所で笛が吹かれ続けてSSLのキャパシティーを超えたら、事態の収束のために軍隊が動き出すかもしれない」
ディランさんは、唾を飲み込んだ。何かを決意したようだ。
「お前は、剣精のところへ行け。こうなっては、おそらく、あの神殿が世界中で一番安全なところだ」
「ディランさんはどうするんですか」
「・・・向こうの、様子を見に行く」
「そんな! 笛番は、現場待機では・・・?」
「ああ。その通りだ。だが、あの辺りには俺の家があるんだ。すぐに戻ってくる・・・すまないが、お前は、真似するなよ」
僕が止める間もなく、ディランさんは駆け出した。
一瞬迷ったが、僕は追いかけたりせずに指示通りに神殿へ走って向かう。
人っ子一人いない石畳を、全速力で駆け抜ける。連日の訓練で体は疲れていたが、なりふり構っていられなかった。
角を一つ曲がったところで、脚が止まる。何かが、いる。僕が気づいたのは、その気配ではなく、匂いだった。
肉が腐ったような猛烈な悪臭が、漂っている。毎日のように通る道だが、こんな匂いがするのは初めてだった。
辺りを見回すと、路地裏に転がっている空の樽の山の辺りに何かがうごめいている。
「・・・?」
目にマナを集める。少し夜目が利くようになった。暗くてよく見えないのだが、確かに、何かがいる。大きさは膝のあたりくらいだろうか。匂いはそのあたりから漂っているようだ。
僕は、ナイフを抜いて構えた。あれくらいの動物なら、なんとかなるかもしれない。悪臭の原因はよくわからなかったが、もう少し近づいて松明の明かりを掲げる。
途端に、その黒いものはこちらに気づいたようだ。甲高い威嚇音を上げてこちらを見ている。
僕は、この動物を・・・いや、この変異呪種の原種を知っている。呪いによって見る影もないが、これは兎だ。
筋肉が発達していた大黒猿とは違い、この変異呪種は生命力にあふれているとは言えなかった。体のあちこちから体液がにじみ出て、道に染みを作っている。それが悪臭の原因となっているようだ。
野生の兎なら、何度も狩ったことがあるし、毛皮は貴重な現金収入のもとだった。だが、この兎は僕の知っている野生の姿とは大きく離れていた。
得体のしれない生き物にしばらく目を奪われてしまっていたが、僕は自分のすべきことを思い出した。首に下げている笛を取り出すと、三回吹く。人体に危害を与える様子は今のところないが、変異呪種が街中にいることは異常事態だ。
僕が笛を吹いたことで、辺りの家の窓が開く。
「窓を開けないで、鍵をかけて待機するようにしてください!」
声を上げるが、あまり効果はないようだ。悪臭が騒ぎになる前に、対処をしたかったが、これだけ窓を開ける家が多いと、それも無理だろう。
僕はナイフを構えてその場に待機する。目線は兎に向けたままだが、辺りの警備も続けなければいけない。特に街の色々なところで笛が吹かれた今、緊張感が溢れている。火事場泥棒などにも気を付けないと・・・
そう思っているところへ、ジャヴさんが駆けつけた。
「無事か! レイル!」




