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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第五章 剣精の修行
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剣精の修行 -9

「よし、それでは、次は頑張ったレイル君にご褒美タイムだ」

「・・・いえ、いいです」

「君は、お姉さんの好意をとりあえず断る癖があるな」

「・・・」


ご褒美と言ったときの剣精の顔が何だかいやらしかったとは、言わないでおく。


「筋肉痛がひどいのだろう。楽になる施術を施してやろうというのだぞ」

「なるほど・・・。お願いします」


このままでは筋肉痛で修行にならないことを考えると、おとなしく施術とやらを受けたほうがいいだろう。


「よし、まずは失敗例だ。少しきついぞ」

「え・・・きつい? 失敗例?」


そういうと、剣精は僕の腹に手を当てた。ひんやりとした手のひらの感触を覚えるとともに、とてつもない違和感が体にしみこんでくる。血液の中に、別の物を入れたような、複雑な違和感だ。


「うわっ」


無理やり振り回されたかのように頭の中がぐるぐると回り始める。目まいが加速し、このまま続けると胃の中のものを戻しそう・・・そんなタイミングで、剣精は手を離した。


「軽くやったんだが・・・思ったより効いてしまったな。大丈夫か」

「・・・はい、大丈夫です」


剣精が手を引くと、嘘のようにみるみるよくなった。


「今のは・・・」

「私のマナを、高出力で無理やり体に流し込んだ。きつかったろう」

「はい・・・そんなことができるんですね」

「今のは、誰でもできる。考えなしにマナを集中させて相手に触れればいい。難しいのは、ここからだ」


そういうと、剣精は今度は僕の背中側に回った。


「ええと、たしかこの辺りだったような・・・」


不安になるような独り言が聞こえる。

さっきの嫌悪感を思い出して、身構える。


「あの、また次の機会にでも」

「はっはっは。大丈夫、大丈夫」


答えになっていない笑い声が返ってくる。この人は強引に進める気だ。覚悟を決めると、背中に剣精の手があたった。

今更だが、素肌に女性の手が触れてドキドキする。と同時に、体にじんわりと熱が入ったような感覚がでてきた。さっきとは真逆の心地よさだ。


「これは・・・?」

「ヒーリングと呼ばれる技術だ。個人のマナの絶対量は決まっているが、それを上回る量を体に流す」


ぼんやりとだが、体が温まってきた。毛穴が開き、汗がじんわりと出てくる。循環するマナの量が増えた実感がある。


「全身に+1パーセントといったところだな。そのままじゃ回復効果がないから、筋肉痛のひどいところに集中させてみろ」


言われるままに、両方の太ももにマナを集中させる。いつもよりも多くのマナが、面白いほど簡単に集まってきた。


「治療には、体内の全マナの20パーセントくらいをあてがわないと効果がないといわれているが、今なら20パーセントの移動も楽だろう」

「はい」


腕を骨折したときの治療もマナを集中させる湿布を貼っていたのを思い出す。太ももに集まったマナは、肌からあふれんばかりだ。


「すぐには良くならないだろうが、回復は早まるだろう」

「すごく楽になりました。ありがとうございます」

「よし。私が手を離したら、マナの供給も止まるから、マナが潤沢な今のうちに足に集中させておけ」

「はい」


上半身は裸のままだが、マナのおかげか寒さを感じない。

剣精が僕の背中に手を当てたまま、しばらく時間が過ぎる。やがて、口を開いたのは剣精だった。


「人間のマナの総量を100としたら、平常時に一部分に集中できるのはどれくらいだと思う?」

「100では、ないんですか」

「ああ。仮にどこかに全てのマナを集めたら、心臓や脳が止まってしまう。達人が極限まで集中させても、80パーセントが限界だろう」

「20パーセントは、絶対に使えないんですか」

「肺や心臓、脳、姿勢を支える足腰。どうしても0にできない部分を50パーセントカットにして、体中から絞り切ったとして80だ。今のレイルなら、60集中できればいい方だな」

「80が必要になる場合って、あるんですか」

「ほとんどないだろう。さっきも言った通り、一点にマナを集中させるよりも筋肉や体の動きを理解してバランスよく振ったほうが、物理的な力は発揮できる。マナを局部に集中させるメリットがあるとすれば、治療だな。ヒーリングをする人間を4,5人用意して、怪我をした部分に100以上のマナを集中させれば、上手くいけば致命傷からも生還できる」

「極端な集中は、あまり意味がないんですね」

「ああ。攻撃には、な。だが、マナのスムースな移動は戦いでのカギとなることがある。速度、集中の練度を鍛えておいて損はない」

「わかりました」

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