剣精とアーツ審査 -4☆
「私は、人間を傷つけることができない。したがって、私からの攻撃といっても寸止めになるが、それでもいいか?」
「もちろんです」
聞いていた通りだが、ひと安心する。剣精が僕を本気で相手にすれば、僕の命は数秒も持たないだろう。
「では・・・」
剣精が持っている木刀が、わずかに面を上げた。僕が迎え撃とうと構えたその刹那、僕の目の前に木刀が付きつけられている。先端の木目と細かいささくれが、よく見える。土埃が、剣精の後を追って飛んできた。
「もう少し、遅い方がいいか」
「はい・・・」
「うん、素直でよろしい」
剣精の攻撃に全く反応できなかった僕は、いよいよ自分が場違いなところに来てしまった気がする。ここにきてから、半刻ほど経っただろうか。今のところいい場面は全くなかった。
「それでは、ゆっくり攻めるからな」
改めて、剣精が切りかかってくる。確かに、繰り出される攻撃は、僕がギリギリ防げるか防げないかくらいの速度まで落ち着いた。常識的な速さは、つまり剣精からすると、相当に手を抜いているのだろう。
(これなら、いつかは・・・いやでも、やっぱり、あ、そんなことされるときつい)
剣精が大振りに剣を払う。僕はしゃがんでそれをかわし、ナイフで喉元への突き上げを試みる。が、剣精はすでに僕が狙った位置にいない。僕の横に回り込んでいた剣精は、いくらでも攻撃できるはずだが、あえて僕の体勢の回復を待っている。手首を返しながら横跳びで懐に潜り、体重を乗せて胴にナイフを突き刺そうとするが、剣精はナイフを持っているほうの手首をつかんで引き、僕のバランスを崩して機を殺す。
一つ一つの攻防をギリギリこなせても、気が付くと不利な体勢になって追い詰められている。父親とよくやっていた、チェスの詰めまでの手順をなぞっているようだ。
シャツを持ち上げて汗をぬぐうと、そのままシャツを脱ぎ捨てて裸足になる。火照った体に石の床がひんやりと気持ちいい。
「時間が近づいてきたな」
「・・・はい」
淡々と時を告げる剣精は、剣を担いだまま、じっと僕を見ている。僕の意思が折れていないように、剣精の興味もまだ続いているようだ。
肺の底まで息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。審査に落ちるのは仕方なくても、何もせずに終わるわけにはいかない。時は終わりに近づいている。
ここの段階までは、僕の狙い通りだ。
僕は、もう一度マナを練り直し、次の行動の準備にかかる。剣精は僕のたくらみをすべて見抜いていて、次の手もたやすく防がれるのでは・・・そんな考えが、頭をよぎる。だが、恐ろしいのは失敗ではなく、萎縮だ。いつの間にか、全てを出し切るのが、僕の目標になっていた。
ナイフを持ったまま、剣精に駆け寄り距離を詰める。剣精は、木剣を構え、迎え撃つ構えをとる。
後、二歩で衝突する・・・そんな距離になり、剣精は上段から剣を振り下ろす。
僕は、上半身を後ろにそらしながら、スライディングのような姿勢で膝を曲げて剣の軌跡からはずれる。
「何・・・!」
剣精の目が見開く。
軸足とは逆の足で握ったナイフを地面すれすれに走らせると、剣精の足元から顔までを引っ搔くような軌跡で、ナイフが弧を描く。
大黒猿を倒した技。これが、僕のアーツだ。
これ以上ない、会心のタイミングだった。
【名称】?
【発案者】レイル
【分類】技
【マナ使用部位】剣を握る方の足の先、逆の足、背中、腰(体幹)
【難易度】低い
【使用条件】条件あり(裸足)
【解説】
1 足の先で武具を握る(警戒されるため発動の直前が望ましい)
2 攻撃を行う(下からの攻撃が、特に死角になりやすい)
レイルは剣精相手に使用するために、同型のナイフを用意したが、足元に武器があればそれを使える、応用力の高いアーツ。