剣精とアーツ審査 -2
試験当日。僕が持って行くのは、二本のナイフと決めていた。父親に貰ったものと、家の壁に刺さっていたもの。上手くいけば、今日の審査に重要な役割を果たすはずだ。両方をベルトに下げて、僕は寮を出た。
首都の道は計画的に作られていて、東西南北がはっきりしている。未だ不慣れな僕でも、教えられた道通りに進むことができた。神殿前に到着すると、強面のがっしりとした体の衛兵が槍を立てて睨みを利かせている。
時間前だったので路傍で待っていると、声をかけられた。
「君、神殿の見学かい?」
「いえ、アーツ・ホルダーの試練を受けに来ました」
「君が・・・試練を?」
「はい。レイルという名前で許可が下りていると思います」
衛兵が、僕の頭からつま先までをまじまじと見直す。
「友達に強制させられたとか、肝試しとかなら、言うんだぞ。結構多いから、そういうの」
「いえ、大丈夫です。僕は・・・」
僕は、自分がSSLの腕章を持っていることを思い出し、ポシェットから取り出して衛兵に見せた。
「それは、SSLの・・・!」
冷やかしではないことは伝わったのだろう。衛兵は表情を固くした。
「次の時間の予約の、レイルか?」
「そうです」
「そうか・・・アーツ・ホルダー審査が初めてなら、今のうちに説明をしてしまうこともできるが、どうする?」
「初めてです。よろしくお願いします」
「よし、まず、時間制限は最大で一時間だが、無理だと思ったら、それより早く出てきてもいい。珍しいことじゃないからな」
ジャヴさんは、全く歯が立たないわりに、一時間粘ったのか。それはそれで、すごいことだと思った。
「はい」
「剣精は制約により、人間を傷つけることができない。なんでもやりたいようにやるといい。武器は、剣精がいる部屋に立てかけてある。帰るときには片づけていくんだぞ」
「なんでも、やりたいように・・・ですか」
「大丈夫だ。何をしても、どうせ当たらないからな」
くだらない質問ととられたのだろう。衛兵は、にやりと笑う。
「それと、結果に納得ができなくて抗議をする奴がいるが、審査結果は覆らない。時間の無駄だだからやめておけ」
「わかりました」
審査の結果は、全て剣精に委ねられているらしい。確かに、人間には荷が重い仕事かもしれない。
「腕がいいやつがくると、剣精の機嫌がよくなる。冷やかしや身の程知らずがくると、その逆だ。お前さんは、頑張ってくれよ」
「そのつもりです」
「よし。少し早いが、進んでいいだろう。この先の階段を上ると、広間がある。まっすぐ進んだ入口に、剣精がいるから、話しかけるといい」
そういうと、槍を上げて道を開けてくれた。
古い時代の神殿なのだろう。石を積んだ階段は苔むしていて、ところどころがひび割れている。うっすらと湿気を帯びた山の冷たい風が、辺りを一層物悲しい雰囲気にしていた。
人の気配どころか、鳥の姿もない。ひっそりとした丘だ。こんなところに構える剣精とは、一体どんな存在なのだろうか。
階段を登り切ると、石造りの神殿の方から、変わった匂いがした。当時の僕は変わった匂いとしか感じなかったが、スパイスの効いた、異国のお香だ。
雪と山脈がシンボルのこの国では珍しい、エスニックな香りだった。
坂を上り終え、神殿の中に入ると、その天井の高さに驚かされる。僕が知らないだけで、由緒ある有名な神殿なのだろう。ただ、その造りの豪華さに比べ、飾り気は全くなく、武器や書物を収める棚が整然と並べてあるのは、神殿というより武器庫と言ったほうがしっくりくる。
武器などを最低限、雨風からしのぐ。そんな建物のようだった。
「よく来たな」
突然、後ろから声が聞こえる。背後というよりは、耳の中に声を入れられたような感覚だ。警戒をしていたはずなのに、まったく気づかなかった。
反射的に、飛び上がり距離をとる。空中で身を翻すと、くっきりとした人影が見える。
「はっはっは、驚いたか。なかなかいい脚力だな」
子供のように笑う、美しき女性。そう、剣精は女性だった。してやったりという顔で喜ぶ様は、まったく武人らしくない。
これが、僕と剣精の出会いだった。