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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第二章 傷が癒えるまで
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傷が癒えるまで -10

下り坂で馬の脚を傷めないよう、速度を落として進行する。考え事をしながら行きたかったので、緩やかな速度はちょうどよかった。大黒猿の影はなく、道中は特に問題なく進み、街に着く。

結局、荷物はバックパック二つ程度で足りてしまった。あの家は、空き家として朽ちていくのか、山小屋のような使われ方をするのか、誰かが住み着くのか・・・。当たり前だが、すぐ先のこともわからなかった。

だが、もう親はいない。これからは僕以外に僕を助ける人はいない。少し駆け足で、大人にならなくてはいけないのだろう。


家の近くの街に着いたのは夜も更けたころで、僕は前日と同じ宿をとると、ベッドに荷物を投げ、家から持ってきたナイフと元から持っていたナイフを両手に持った。

昨日まではほとんど頭になかったアーツ・ホルダー審査が、僕の中で現実味を帯びてきた。

田舎で育った僕が知っている限りの知識では、アーツとは武術の技で、恐らくオリジナリティや実用性が認められたものが審査に受かるのだろう。

審査の基準は分からないが、上手くいけば、先ほど閃いた僕の技はアーツ足りうるかもしれない。

名声や名誉、安定した暮らしという言葉はピンと来なかったが、SSLのコボル隊の皆にはなるべく迷惑をかけたくなかった。


「こう構えて・・・こうすれば・・・」


靴を脱いで、色々とシミュレーションをしてみる。チャンバラごっこしかやったことがなかった僕が、こうして真剣に技を編み出すようになるとは、思ってもいなかった。

素人の僕が、こうして剣術の真似事をしたところで何になるのだろう。田舎者が何のつもりだと笑われて、終わりかもしれない。そんな考えも脳裏をよぎったが、結局、膝が笑い、握力がなくなり、汗だくになるまで剣を振り続けた。

自分がイメージした通りに体を動かせることがわかると、そのままベッドに倒れこんだ。眠りにつく前の数秒間、僕は大黒猿と対峙しては、自分のアーツで命を刈り取る妄想に溺れた。


登山と技の練習で疲れがでたのか、翌朝の目覚めは遅かった。おかげで宿の朝食にありつけることができたが、安い宿ということもあり、味気ない食事だった。家で食べていたチーズや鹿肉を思い出してしまった。


役場に出かけ、僕が山の人間の生き残りであること、首都でSSLとして働いていることを伝えた。もしも弟が訪ねてきたら、これで連絡がつくかもしれない。

また、山に羊が生きて残っていること、希望者がいたらそれを引き取ってほしいことも併せて伝えて、その場を去る。SSLの腕章があったのと、父の名を知っている人がいたので、遺産の話も含めて話がスムースだった。

家族が大切にしていた羊だが、首都には連れていけない。野生にかえってしまうよりは、どこかの羊飼いに飼われたほうが、いい気がする。

役場を出て、宿に戻って馬を迎えに行く。


「今日もよろしく頼むよ」


話しかけて角砂糖をやり、機嫌をとると、鼻息で返事が返ってくる。脚の張りなどを見る限り、疲れはあまりないようだが、行きの道程で時間の目安はついているので、今日もゆっくりと走らせることにする。馬の背に揺られている間も、僕はアーツのことを考えていた。どんな厳しい審査が待っているのだろう。そして、僕はそれを超えられるのだろうか。

少しずつぼやけていく山脈を、もう少し目に焼き付けてもよかったかもしれない。昼過ぎに、ふと気が付いて振り返ると、僕の暮らしていた山と、その麓の街は、遠景を構成するパーツの一つになっていた。

途端に、胸の奥から郷愁の気持ちが湧き出てくる。今から戻って、一人で羊飼いとして暮らしても・・・。

いや、ダメだ。また前を見て、気持ちを入れ替える。そのすぐ後に、また山の方を振り返ってしまう。

日中、夕焼け、日没。僕はもやもやとした気持ちを持ちながら、馬上で色々なことを考えていた。

そうして、とうとう首都の門にたどり着く。我ながら情けなく揺れる心だと思ったが、馬から降り、手綱を引いて街に入ろうとすると、まぶしいようなそうでないような、そんな存在が目に入ってきた。


「よう、山育ち」


あきれたことに、ジャヴさんが街の門のところに立っていた。いったい、いつからそこに立っていたのだろう。


「逃げて帰らなかったことを後悔するかもしれないぜ・・・? ケケケ」


そういうと、手斧に舌を乗せ、刃の上でピンピンと躍らせてクレイジーさをアピールする。ひょっとすると、夜勤前なのだろうか。


「非番だから、夜勤とかじゃないからね。ただ、ハイテンションなだけ」


後ろに隠れていたララベルさんが、フォローを入れてくれる。


「よし、少年! 酒は飲めるか!?」

「飲めませんよ・・・」


二重の意味で否定をする。


「俺が許してもかっ! まずは甘い酒から行ってみたらどうだ!」

「・・・ちょっと」

「あっ」


ララベルさんがジャヴさんの後ろに立ち、槍で一瞬何かをすると、ジャヴさんは膝から崩れ落ちた。恐ろしく静かに、手早く処理が行われる。いったいどんな場所をどうやっているのだろうか。


「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

「警備長も、帰りを待ってたよ」

「はい。改めて、お世話になります」


少しずつ、自分の運命がSSLに溶けていくのを感じる。弟のことや、審査のこと。まだまだ解決していない問題や傷は山積みなのだが、今は、皆との会話が心地よかった。

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