何もかもが変わった日 その2
その言葉に、僕たちは思わず立ち上がった。それほど、衝撃的な言葉だったのだ。
「ど、どういうことだ! 呪いが、人の手によるものだってのか」
「まだ、確証はありません。ですが、それを確かめる情報を少しでも求めているところです」
そう言って、サさんは弓精の方を見た。釣られて、一同が弓精に注目する。
「……やれやれ、上手く持っていかれた気がするの」
弓精は、頭を振った。
「よかろう。随分と悩んでいるようじゃな。こんな話が若者の役にたつのなら、それもいいじゃろう。じゃが、わしが体験したことをそのまま話すだけじゃ。何のヒントにもならないかもしれんぞ」
「構いません。よろしくお願いします」
「うむ……」
サさんの言葉に頷くと、弓精は口を開いた。伏せた視線とくぐもった声が、これから語る言葉の思いさを象徴しているようだった。
「……あれは、何百年前かの。もう、詳しい日づけは忘れたわい。とにかく、当時はどの国も戦争ばかりしておった。畑から採れたものや、川で獲った魚を、そのまま食べられる時代じゃ。どんどん人は増え、どんどん殺しあっていく。馬鹿げているようじゃが、そんな時代じゃった。
戦争となれば、弓がつきものじゃ。当時は、剣や槍よりも弓が重要視されておった。わしは、とある場所……そうじゃな、ここと似たような山の中じゃったが、そこで、弓を教えておった。
当時はアーツなんてものもなかったからの。敵国の兵士も、わしのところに来た時点で、一時休戦という約束で、皆が弓を学んでおった。仲良くとは言わんが……敵国同士の軍人でも、小さな屋根の中で、皆が枕を並べて暮らしておった」
弓精は、一旦言葉を切って空を見上げた。
「それは、何の変哲も無い日じゃった。気づいたのは、早朝に隣の山を見たときじゃな。いつもは見えていた、旗が妙に霞んでおった。
今となっては、もう見慣れてしまったが……昔は、もっと空気は透き通って遠くまで見渡せていたものじゃった。
山の上の空気が薄いところだったから、変化はゆっくりじゃったが……標高の低い街では、大変なことになっておった。
食料の買い出しに出かけた弟子が、青い顔をして戻ってきたのを、よく覚えておるわ。
街は、空が見えないくらいの黒い霧に覆われておったそうじゃ。人々は、戸惑いながらも、なす術なく日常生活をおくらざるをえなかった。黒い霧の正体もわからず、呪いという言葉も殆ど知られていなかったからのう。
そのうち、大人達がどんどんと倒れていきおった。特に、体力のない老人は、真っ先に死んだ。その後、年齢の高い順に死んでいきおった。
不思議と、赤子と子供達の被害は少なかった。流行病なら、子供達は老人と同じように被害を受けるのが常じゃが、そうはならなかった。何かがおかしいと皆が気づいたときには、もう手遅れじゃった」