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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第二章 傷が癒えるまで
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傷が癒えるまで -8

途中、予定通り暗くなる前に街へ着いたので宿をとることにした。馬小屋に馬を預けると、情報収集を兼ねて街に出かけることにした。

さすがに酒場に繰り出すわけにはいかないが、耳ざとい市場の女性や暇そうな商人などは、こちらから話を振るまでもなく、山で起きた出来事について語ってくれた。特に目新しいことは聞けなかったが、大黒猿が軍に被害を出したこと、簡単なつり橋が(もともと簡素なものだったが)架けられたなどの情報が入った。回り道をせずに家に帰れそうなのは、ありがたい。

地元に近いということもあり、首都よりも土地の勝手がわかる。とかく騒然としていて物音や人声に絶えない首都に比べれば、街は落ち着いた空気に感じられた。山での出来事は、ニュースではあるのだろうが、身に迫った危機ではないのだろう。


することがないので宿に戻り、ベッドに入り目をつむると、すぐに眠りに落ちた。

翌朝。宿に泊まるのが生まれて初めての経験だったので、宿の主人より早く起きてしまった。朝食を待つのも時間の無駄な気がしたので、部屋を引き払い、市場で適当に朝食と弁当を見繕う。

朝もやの漂うなか、馬にリンゴを与えながら街の外へ歩いていると、どこかで見たような顔の男が歩いている。向こうも、こちらに気づいたようだが、僕の方は素性を思い出せない。


「君は・・・生きていたのか・・・!」


その声を聴いて、思い出した。山のふもとで僕と会った、ロバの行商人のおじさんだった。


「その節は、大変お世話になりました」


僕は、深く頭を下げる。おじさんは、僕をまじまじと見ている。怪我のない姿に驚いているようだった。


「怪我は、もういいのかい」

「はい。あの後、SSLの方々に保護されまして、今はそこでお世話になっています」

「ああ、よかった。あの人たち、ちゃんと聞いてくれたんだなぁ。しかし、随分早く回復するものだねぇ」

「いい薬を使ってもらったみたいです」

「そうか・・・。しかし、よかった。本当に、よかった。俺はどうも臆病で、あれ以来山の方を避けて商売をしているんだが、あれ以来、君のことが気になってね。この辺りに根を張っていれば、いつかは会えるかもしれないと思っていたが・・・元気な姿をみられて、ほっとしたよ」

「ありがとうございます。気を失っていましたが、すぐに助けが来たのだと思います。おかげで、命拾いをしました」


うんうんと、頷く。


「これから、その・・・山へ探索に?」


情況を知っているのなら、遺品の整理と言ってもおかしくないだろう。言葉を選んでくれているのが分かった。


「はい。一度、見ておきたくて」

「そうか、あの辺りは・・・いいところだからな。のんびりとして、いい牧草も生えて・・・くそっ、大黒猿のことがなければ・・・」

「・・・」


上手く相槌を打てない。僕には、まだ、こんな時の上手い言葉が準備できていなかった。


「ええと・・・あの時の、ロバは・・・?」

「ん? ああ、急がせすぎちまったのか、街に着いたら倒れて・・・つぶしてしまったよ」

「そうですか。申し訳ありません。よかったら、足しに・・・」


僕がポシェットからお金が入った袋を取り出そうとすると、おじさんは慌てて手を振った。


「いや、いや、いや! 君からお金はとれないよ。これからのこともあるんだから、金は大事に使ってくれよ」

「しかし・・・」

「ロバには悪いことをしたが、俺は後悔していないんだ。だから、気にしないでくれよ」

「・・・何から何まで、すみません」

「なんでもないことさ。君のお父さんには、お世話になったことだし」


僕は、ずた袋を元通りポシェットの奥に押し込む。


「それじゃ、気をつけてな。俺も君に会えたし、また商売の範囲を広げることにするよ」

「はい、変異呪種には気を付けて」

「君も、SSLになるってことは、これからは犯罪者を取り締まったりするんだ。怪我をするなよ」

「気を付けます」

「それじゃ、な」

「はい」


僕は、おじさんの背を見送ると、馬を引いて歩き始めた。それから人通りはほとんどなく、石畳が途切れるころ、鐙を踏む。

馬を走らせるなか、様々な思いが胸に去来しては通り過ぎていく。

弟のこと、亡くなった家族のこと、誰もいない故郷のこと、今まで出会った人たちのこと、そして・・・アーツ審査と、ひそかに考えている、アーツのこと。


二泊目を山の近くの街でとり、三日目の朝に山についた。

軍隊は既に撤収したようで、辺りには人や動物の気配はなく、ツツドリの鳴き声だけが聞こえる。この先にどんな危険があるか、わからない。意を決すると、人通りのない静かな道を、馬に乗ったまま上り始めた。

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