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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第二章 傷が癒えるまで
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傷が癒えるまで -7

退院の日の前日、ギプスが外された。


「握力はどうだね」


と、医者が言ったのだが、動きの滑らかさ、力の入り具合など、僕には以前との違いがわからなかった。


「大丈夫なようです。ありがとうございました。」


と礼を言うと、医者がほっとしたような顔を見せた。


「君の怪我はなかなかひどいものだったからな。あれだけの骨折をすると、マナの流れが狂ってしまうこともあるのだが・・・何もないようで、よかった」

「せっかく治ったんだから、あんまり無茶するんじゃないよ」

「はい」


リンダさんにも頭を下げ、診療室を後にする。

病室に戻ると、試しにナイフを握ってみる。不便は感じられない。両手ともに、よく動く。湿布の匂いを落とすために、シャワーを浴びた。リンダさんの介助なしに入るシャワーは・・・落ち着いていられる。

門限さえ守れば今日は街中を自由に出歩いてもいいというので、僕はコボル警備長のもとへ出かけた。以前にララベルさんが街中を案内してくれたおかげで、SSLの場所は分かっていたが、都会の入り組んだ道と人込みに手間取って、到着まで少し迷ってしまった。

古い石造りの立派な建物は、一人で入るのに少し躊躇する。ちょうど、一人の男の人が通りかかったので、声をかけてコボル警備長のところへ案内してもらった。


コボル警備長は、部署内の自室で色々な書類に埋もれていた。明らかに多忙な様子だったが、僕が声をかけると、鵞ペンを置いて椅子に深く腰掛けなおした。


「この間の話の続きかな」


僕は、首肯する。


「君はどうやら、物事を慎重に考えるようだから、心配はしていないが・・・聞かせてくれ」

「はい。皆様の迷惑でなければ、こちらで働かせていただこうと、思っています。ただ・・・」

「ただ?」

「もう一度だけ、山を見に行きたいんです。・・・本当に、誰もそこにいないという景色を、目にしないと、心のどこかが納得しないままになってしまいそうで」

「なるほど」

「アーツ審査の前に、一度里帰りをさせてもらえませんか」

「わかった。馬を手配しよう」

「えっ!?」

「? どうした?」

「いえ、まさか本当に承認されるとは・・・」

「なぜだ? 遺品の整理もあるだろう」

「そうですが・・・僕が逃亡する可能性は、考えないんですか?」

「ああ、そんなことか。君なら大丈夫だと、信じているよ」


僕たちは、言葉のないまま数秒見つめあった。コボル警備長は、それが当然という顔をしている。


「試練は一週間後だ。出かけて戻ってくる時間は、十分あるな?」

「はい」

「遺品などは、なるべく現地で処分するのがいいだろう。持ち運べないような品は、役人に言えば輸送してくれるが、品数は絞るように」

「はい」

「あまり多量の金品がある場合は、相続の手続きが必要だが・・・」

「それは、心配ないと思います」

「よし、それでは馬番には話をしておく。道中、気を付けて行きなさい。大黒猿は排除されたと聞いているが、取りこぼしがないとも限らない」

「わかりました。何から何まで、ありがとうございます」

「支度はできているか?」

「いえ、これからです」

「一通り準備をさせる。厩舎には、金子だけ持ってきなさい。首都に戻ったら、寮へ案内するから私のところへ来るように」


僕が頭を下げると、コボル警備長は頷いて再び書類に目を通し始めた。僕は踵を返して、ドアへ向かおうとする。


「そうだ、それから」


僕が振り返ると、コボル警備長は引き出しから赤い腕章を出して、僕に渡してくれた。


「SSLの証だ。馬番と役人にそれを見せれば、話がつくはずだ」

「はい。・・・僕には、支給されないのかと思っていました」

「馬鹿をいうな。ただ、まだ街中ではつけるなよ。市民に頼まれごとをされて、雑用だらけになってしまうかもしれないからな」


僕は手渡されたリストバンドをさする。布や草木ではない素材でできているようで、伸び縮みする。ツルツルとした不思議な感触だ。


「わずかだが、マナを蓄える性質があるらしい。怪我をしたときは、応急処置でそれを巻くといい」


僕は後ろのポケットに入れようとして、それをやめた。これはとても大切なものだ。コボル警備長に別れを告げると、そのまま、腕章を手に握って病室まで帰った。


翌朝。厩舎には一通りの装備と共に、馬が用意されていた。毛並みが美しい、栗毛の落ち着いた馬だ。長距離を走破するには、気性が落ち着いた馬の方が助かる。

コボル警備長の気遣いに感謝しつつ、門外へ馬を連れ出すと、道のど真ん中にジャヴさんが立っていた。夜勤明け・・・ではなく、夜勤中の時間のはずだ。


「よう」

「ジャヴさん・・・」

「その・・・なんだ。お前が戻ってこないほうに賭けている奴がいてな」

「・・・」

「そいつが気にくわなかったから、戻ってくるほうに賭けたんだ。・・・だから、その・・・戻って来いよ。色々、ややこしいことになったのは、謝るからよ」


僕は、思わず吹き出してしまった。随分と、謝るのが苦手な人だ。


「大丈夫です」


そういうと、馬にまたがってジャヴさんの言葉を待たずに走らせる。


「行ってきます!」

「おう!」


馬の吐く息が白い。マントの隙間から入ってくる冷たい風が胸に刺さると、僕は故郷がどうなっているかという不安を抱えきれずに、一度だけ振り返った。

ジャヴさんが、まだこちらを見ていた。僕は、拳を掲げて、それに応えた。


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