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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第二章 傷が癒えるまで
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傷が癒えるまで -6

「誰かが編み出した技や技法が、アーツと呼べるのか。当然その審査がある。問題は、誰がその審査をするか、だ。アーツの審査には、人間が関わるべきではない。人間では、どうしても技を盗まれたり、情や確執で審査結果が変わることもある。では、自然物や変異呪種の退治を条件にするか?・・・といえば、それも難しい。アーツは、基本的には対人の技だし、巨大な変異呪種を倒してこいと言われても、武器によって得手不得手がある」

「そこで声がかかったのが、精霊というわけ」


ララベルさんが言葉をつなぐ。


「精霊・・・ですか」

「そう。レイル君は精霊を見たことある?」


僕はかぶりを振る。山の頂上にいるとか、雪の中に隠れているとか、噂では聞いたことがあるが、この目で見たことはない。


「そっか。自然が豊かなところの育ちだから、もしかしたら・・・って思ったんだけど。ちなみに、私とリンダは見たことあるのよ。小さい、羽を生やしたようなやつが、焚火の中で踊っていたの」

「ほう、初耳だな」

「子供の時の話だからね・・・私にとっては、面白い話じゃないし」


リンダさんが、ばつが悪そうに頭をかく。


「あら、私にはいい思い出よ。リンダの泣き顔を見たのは、あれが最初で最後だし。あの時はかわいかったんだけどなー」

「・・・あんたもかわいいもんだね。胸も頭も当時と変わってなくて」

「ふふふ・・・リンダちゃん・・・もう一回言ってみなさい・・・」


ピシリと、どこかで家なりがした。窓枠が、カタカタと揺れている。庇の下にいた蝙蝠たちが、安全な場所を求めて離れていった。

僕は、慌ててコボル警備長に話を戻した。


「え、えーと、精霊の話、でしたよね」

「そ、そうだな。色々な種族がいる・・・くらいしか、俺も知らないが、アーツの審査に関わる精霊は少し特殊だ」

「特殊・・・というと」

「剣精という種族なのだが、元人間なんだ」

「人間が、精霊に?」

「そういうことも、あるらしい。学者じゃないから詳しいことはわからないが・・・とにかく、剣精という名前で分かるように、武術にしか興味がなく、抜群に腕が立つ。恐らく、この国で太刀打ちできる人間はいないだろう」

「それに、見た目もいいし・・・」


ララベルさんが手のひらを合わせてうっとりとする。と、リンダは


「・・・私は、あんまり好きじゃないね。なんだか、うつろな目をしているのを見たことがあるよ」


と、あまり好意的ではない意見を出す。人によってとらえ方は違うようだが、誰もが知っている存在なのは確かなようだ。


「でも、元は人間なら、剣精も審査に加えるべきじゃないのでは・・・?」


僕が聞くと、コボル警備長はちょっと考え始めた。僕にどういえば伝わるのか、考えているようだ。


「うーん、何と言っていいのか、上手く伝わる自信がないんだが・・・剣精っていうのは何かの契約に縛られているようなんだ。剣精は人間を傷つけることができないし、人間が争っていても、どちらかの勢力に肩入れすることもない。この国に顕現しているのはたまたまで、よその国の人間のアーツ審査もする」

「だから、剣精が認めたアーツは、世界中で同じように認められるの。独自の規格を持っている国もあるけど、アーツ・ホルダーと言えば、伝わるわ」

「なるほど。勉強になりました。アーツ・ホルダーが何なのか、知識はつきました。・・・が」

「・・・」

「不正の許されない審査であればなおのこと、僕がその審査に通るとは思えないのですが・・・」

「そう・・・なのよねぇ」


ララベルさんが、頷く。コボル警備長も、眉間にしわを寄せている。皆、同じ考えなのだろう。


「正直言って、カール少佐がジャヴの言ったことを信じたとは、思いにくいが、命令が出てしまった以上、君は指示通りにアーツ・ホルダー審査を受ける義務がある。身分上は、SSLの一員なんでな」

「・・・すみません」


僕は、頭を下げた。少なくとも、僕がそんな審査に受かるとは、思えない。コボル警備長の立場が悪くなるだろうことは、目に見えている。


「君が謝ることはない。入院のことは君を唆したという形で、責任者である私が罰せられればすむ話だ。自分がやったことに後悔はないが、覚悟はしている」

「しかし・・・」

「アーツ・ホルダー試験は怪我のないように終わらせれば、いい。もっとも、剣精は人間を傷つけられないが。それよりも、いい機会なので一度、自分が今後どうしたいかを考えてほしい」

「怪我が治った後のことですか」

「そうだ。君は怪我のためにやむを得ず入隊したが、この先はどうする? 何かやりたいことがあるのなら、それを優先させればいい。SSLは義務ではないし、今回のことで君が何か義務や責任を考えることはない」

「僕が残ると、迷惑でしょうか」

「そんなことはない。新人の一人を育てるのは、私達には簡単な話だ。ただ、君に選択肢を持ち続けてほしいというだけだ」

「・・・レイル君」


ララベルさんが、心配そうな顔でこちらを見ている。


「・・・わかりました。数日中には、返事をしたいと思います」


コボル警備長は、無言で頷いた。


「退院をして、少しの間はSSLの寮に入ることができる。それから一週間以内にアーツ・ホルダーの審査が行われるだろう。さっきも言ったが、審査は適当に流していい。剣精と話をして、手違いだといえばそれで済む話だ」

「はい」

「君はまだ若い。未来について選択肢があるともいえるし、ないともいえるだろう。どんな形になっても協力をするつもりだから、よく考えてくれ」

「はい。ありがとうございます」


コボル警備長とララベルさんが立ち上がり、去っていくと、リンダさんが僕の肩に手を乗せた。僕もリンダさんも何も、言わなかった。

その日から退院の日まで、ララベルさんは見舞いにこなかった。僕は、共同病室の窓から、故郷のある山を見ながらぼんやりと過ごした。リンダさんがつけてくれる湿布の薬が変わったせいか、夜は家族や弟のことをよく思い出すようになり、少し泣いたりもした。


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