旅の記録 -5
「実は……」
マックスさんが、先ほど見て来た光景を報告する。淡々と客観的な事実を切り取り、受け手に印象を与えない、冷静な口調だった。
「なるほど、状況はわかりました。人に危害を与える可能性は、ありますか」
「ないとは、言いきれません。今のサイズなら、もしかすると大人でも危ないかも……」
僕は頷いて、賛同を示す。
「移動速度は、どれくらいですか」
「観察した時点では、ほとんどありませんでした」
「わかりました。では、少し回り道になるかとは思いますが、明朝全員でそこに行き、駆除できるか試しましょう」
全員が、緊張の面持ちで頷いた。
「夜行性にせよ、昼行性にせよ、早朝は活動が弱いはずです。叩けるうちに叩いておきましょう。念のため、夜の間は見張りは特に気を張るように」
「了解!」
野営の準備は、いつも通り進められた。この距離なら大丈夫だとは思うが、危険な変異呪種がいるかもしれないというプレッシャーはどこかにあるのだろう。皆の口数は、心なしか少なかった。
その晩、ララベルさんの就寝は一段と遅かった。行動記録に、また色々と書き加えなくてはいけないのだろう。僕が声をかけた時には、眠気眼だった。
早朝。いつもよりも早い時間に、全員が起床した。
隊員全員が松明を持ち、昨日の場所へと集まった。念のため、馬は少し離れた場所に止めている。
「あれです」
マックスさんが指し示す方には、昨日見た時よりも活発にうねる藪の姿があった。
「昨日見た時よりも、動きが早い気がします」
「よし、全員、抜刀」
ララベルさんが号令をかけると、それぞれが自分の武器を取り出す。
ララベルさんは、松明を放り投げると、それを槍で突き刺した。
「これでいけるか、試してみます」
ゆっくりと、すり足でそのまま動く藪に向かってにじり寄る。ララベルさんが近くにつれ、動きはさらに活発になっているようだ。
「ララベル、それ以上は危ないよ」
ジュリアさんが声をかける。確かに、枝のスピードはもはや最初に見た時とは比べ物にならなかった。枝の動きがバラバラなので、移動はできないようだが、これが何らかの意思をもって方向性が定まったら、かなりの速度で移動ができるのではないか。
「……」
ララベルさんの額に汗がつたう。槍に松明をつけたまま、間合いを取りあぐねているようだ。
「ララベル、よせ。俺が松明を投げた方が、安全だと思う」
ジャヴさんの発言に、ララベルさんが目を合わせて頷いたとき、藪の中から蔓が飛び出して、ララベルさんの足首に巻き付いた。槍の間合いよりも広いところから、的確に獲物を捕らえている。
「ララベルさん!」
「ララベル!」
皆が声をあげるなか、ララベルさんの動きは冷静だった。
グリップを回転させ、松明から槍を引き抜くと、そのまま刃の部分で蔦を切断し、バックステップで距離をとる。遅れて、松明が落ちた。動く藪が追ってくる様子はない。
「ふう……」
「大丈夫ですか!」
「うん。でも、思ったよりも力は強かったよ。振り解こうとしていたら、危なかったかも」
ララベルさんは、ボトムスの裾を上げてみせる。動く藪に掴まれていた部分が、赤くなっていた。
「さ、ジャヴ、とっととやっちゃって」
「まかせろ。たった今、フライング・ファイアー・ソーサーというアーツを、思いついたところだ」
そう言うと、ジャヴさんは松明を振りかぶり、足を大きく上げてスタイリッシュに構える。
「ヒャッハァァ!フライング・ファイアー・ソー」
「前に見たやつと同じやつなら、回転させる意味はないと思いますけど」
「……!」
直前で茶々が入ったからか、ジャヴさんの投げた松明はすっぽ抜けて、あらぬ方向に飛んで行った。
「あーあ」
「投擲が自慢なのにね」
「ちゃんと、火事にならないように拾ってくださいね」
「ちょ、ちょっと待って。今のはマナー違反がありました」
ジャヴさんが言い訳をしている間に、ジュリアさんとマックスさんが淡々と松明を投げつける。しばらくすると、松明の火が移り、動く藪は燃え上がり始めた。
「気をつけて。燃えているところに巻きつかれたら、最悪よ」
ララベルさんは、膝をついてうなだれているジャヴさんを、槍の石突でつつく。
動く藪は、燃えながらもしばらく動き続けていたが、幹に火がつくと、ついに活動を停止した。燃える匂いや木の中の水分が爆ぜる音など、最後まで普通の木と変わらないところが、かえって不気味だった。
「念のため、少し周囲を見て回りましょう。何事もなければ、出発します」
森に深く入ることまではしなかったが、特に呪いが濃い場所や変異呪種は見当たらなかった。
緑豊かな自然は、表面上は変わらぬ様相を見せていた。