旅立ち -4
「ねえレイル君、後で一緒に準備行かない?」
マックスさんが、嬉しそうに僕の手を取る。初対面だというのに、随分とぐいぐい押してくる。僕は距離感がつかめなくて困惑する。
「え、いや、その」
「おい、レイルは俺と怪しい土産物屋で装備を整えるんだ。新参のおっさんは邪魔しないでくれ」
「ええ……それもちょっと」
「はいはい、レイル君は、今回が初めての遠征なんだから、隊長の私が一緒に買い物を見に行きますから」
「ずりーぞララベル! 職権濫用だ!」
「そうですよ! みんなのレイル君なんですよ!」
モヒカン男と、傷だらけの顔の強面二人組が、抗議の声を上げる。みんなの所有物になった覚えはないのだが、真剣な表情は有無を言わさぬ勢いだ。
「男には、旅支度で必要なものがあるんだよ! お前にはわからないだろ!」
「そうですよ!」
「……レイル君、必要なものって何!?」
「いや、僕にもわかりません」
「レイル、あれだよ、あれ !……切なくも儚い、ロマンの詰まったアレ!」
「ほっときましょ。レイル君、怪我の影響はもうないのね」
「大丈夫ですよ」
ララベルさんの問いに、手を振ってこたえる。
右手親指の脱臼と、足の指の切り傷は、すぐに完治した。胸の傷も、痕は少し残ったが支障はない。問題は、刺客の刃を受けてしまった左手の傷だった。骨まで切れていたという腕の傷は、後遺症が残っても仕方のないものだったが、王家の治療隊と街の人達が湯水のごとくマナを使ってくれたおかげで、若干握力が落ちた気がするが、運動性に問題はないところまで回復した。コボル警備長に続き、破格の対応だったという。
体は治った。怖いのは、心が折れていないかということだけだった。入隊してからの激動の期間が嘘だったかのように、ここのところは実戦がない期間が続いた。いざ、戦いになった時に、僕は立ち向かえるのだろうか。寝る前に、そんなことを思って不安になったりしていた。
「レイル君は、アーツ審査に集中してね。道中のサポートのために私たちがいるんだから」
「はい。頑張ります」
少し高ぶった僕の表情を、ララベルさんはどう読み取ったのだろうか。
「……うん。無理はしないで。それでは各位、出発に備えて、今日は解散します。ゆっくり休むこと」
「やーれやれ、ほら、ジャヴ、いくよ」
ブーイングを上げるジャヴさんとマックスさんをよそに、場は解散する。よく見ると、いつの間にか肩を組んでいる。よくわからないが、気が合うのだろう。
僕はララベルさんに買い物リストを貰い、安い店などを教えてもらった。携帯食料や馬は国の支給するものを使うが、服や身の回りの物は自分で用意をするらしい。
「後は……武器ですね」
「そうね。あまり荷物にならない程度にしてほしいけど、アーツ審査に必要なら、持って行って」
「わかりました」
「手斧を複数持つジャヴや、バトルハンマーを持つマックスさんよりは軽いと思うけど……はぁ、頑丈な馬を借りなきゃいけないわね」
ララベルさんは、ため息をつく。
「遠征は、大変ですか」
「準備とか、手続きが色々あるけど……でも、せっかく身内からアーツ・ホルダーが誕生しそうなんだから。応援しなきゃね」
「ありがとうございます」
「レイル君の技は、剣精様には、お墨付きをもらっているんだよね?」
「おそらく……。僕がアーツ・ホルダーになれなかったのは、他の技量が足りていないから、危険だと言っていましたし」
「じゃ、余裕でしょ! 今はコボル警備長く……。じゃなかった、コボル顧問に習ってるんだから、腕もあがったし、ね?」
「そうですね。あの頃よりは、少しは……」
そう、僕は少しずつ強くなっているとは思う。だが、アーツ込みでようやく人並みに立てたという感触だ。剣精のような絶対的な安定感は、ない。僕の求めるレベルには程遠い。
煮え切らない返事は、自分へのいら立ちでもあった。