刺客 -11
男は一瞬ひるんだが、すぐに気勢を取り戻す。
「へ、へ。な、なんも、できねえだろ」
事実、親指が機能しない今、ナイフを強く握ることができない。仮に間合いまで近づくことができても、大した傷を与えられないだろう。
僕は、男に手傷を負わせる方法をひたすら考えている。
体当たりをして、押し込むか・・・その前に袈裟切りにされるだろう。
足を使って押し込むか・・・この足では、それも難しい。
口を使う? 無理だろう。
・・・何かないか、何かないか。
死ぬのはしょうがない。だが、無駄死にはしたくない。せめて、皆に敵をとってほしい。僕の体の中で使える部分はないか。
男のススキに完全にマナが通り、硬度を持つようになった。縦横無尽の変則的な動きが、またしても僕の目の前で活動を開始する。
これだけの殺傷力を、ただ振り回すだけで使えるのだから、うらやましいというよりほかない。
僕は巻き込まれないように右手に持っている赤いナイフを引く。握力がないので、男の刃がかすっただけで弾き飛ばされる恐れがある。
男の武器は高速だが、武器自体は細い。防御には向いていない武器なのだ。例えば投擲をはじくことも苦手なはずだ。そこを突ければ・・・
その瞬間、僕の脳裏にばらまかれていたピースが急速に寄せ集められる。
ナイフを握れない右手、僕の体で使える部位、男の武器の特性。
たった一つのプランを、何度もシミュレートする。
急に頭を使ったからか、目まいが僕に警告をする。失血が激しい。動ける残り時間は、ごくわずかだ。
これが、最後の行動になるだろう。息を大きく吐いて、その後深く吸う。志位さんらに習ったばかりの息吹を使い、体に最後の火を入れる。
残るマナをかきあつめて、一部に集中させた。
「動くな、動くな。動くなよー。余計に痛いぞ」
にじり寄ってくる男は、あやすように腰を低くし、僕から視線を外さない。
勝ちが濃厚になっても、油断は見せない・・・というよりも、これからの展開を楽しみにしているのか。笑みが隠しきれていない。
「ここまで、きて、アーツを使わないんだから、もう、使えなくなってる・・・だろ?」
「・・・」
僕は無言のまま、使えなくなった左手を顔の高さまで上げ、右手のナイフを、静かに体の方へ引く。
ナイフを引いたのだから、その予備動作の後に来るのは、突き。そう思い込んでくれることを願って、僕は・・・
腰のマナを使い、渾身の捻りを作ると、ナイフの柄頭を左手の肘で叩いた。
「んえ」
高速で飛び出したナイフは、とっさに防御に向かったススキの刃の横を通り抜け、そのまま男の眼球に突き刺さる。
「んがあああああ」
絶叫が病室に汚らしく飛び散る。
すでに一歩前へ飛び出していた僕は、男が引き抜こうとするナイフめがけて頭突きをして、眼底の奥へと押し込む。
足に踏ん張りがきかない僕は、男と一緒に床に倒れる。
僕は、しばらく倒れたまま動けなかった。男は、そのまま置物のように動かなくない。
「勝っ・・・」
「うおおおお!」
「うわっ」
ビクンビクンと痙攣をした後、男は叫びだした。
息を吹き返した男は、絶叫を続ける。半狂乱というよりは・・・意識があるのかないのか、わからない。
男の上にまたがっている僕は、右の手のひらを使って、もう一度ナイフを押し込む。
頭蓋へと侵入するナイフ。手のひらになんとも言えない感触が残ったが、それが命の奪い合いを制したのだという実感に代わる。
右手を突き上げると、勝利の咆哮が喉まで出たかったが、そのまま倒れた。