刺客 -4
僕は雪の残る山道を、街に向かって駆け下りていた。背には頭から血を流した幼い弟を紐で結んでいる。
「もう少し・・・もう少しだぞ!」
背中の弟に向かって声をかけるが、返事はない。
「あとちょっとで・・・」
あれ? あとちょっとで、なんだろう。僕は、どこへ向かっているのだろうか。よくわからなくなって、立ち止まると、僕は背負った弟を改めて見る。
「にいちゃあ・・・」
涙を流す弟の額から、血が噴き出した。
「はやく・・・たすけてええよおおお」
やがて、弟の顔から、みるみる毛が生えてくる。幼い弟の顔が、あっという間に、大黒猿の顔に様変わりしていく。これは、おかしい。そう思いながらも、僕は弟から目を離すことができない。
「うう・・・あ、ああ・・・!」
「にいちゃあ・・・痛いよ・・・いたあああああいよおおお」
気が付くと、弟の重みがなくなり、背中が軽くなっている。さっきまで背負っていたはずの弟はいなくなり、体中に血の脂だけが残っている。
辺りに弟を探すが、ぼくがいるのは深い闇の中で、何も見えない空間だった。
天を見ると・・・まばゆい光が、網膜を刺す。
僕は、開眼した。
「レイル! 目が覚めたか!」
病室と、ベッド。僕は、この組み合わせを覚えている。
弟を山に置いてきてしまって・・・それから・・・?
目覚めたばかりで、時系列が上手く組み立てられなかった。
「ジャヴさん・・・弟は・・・」
「しっかりしろ! お前は、街中で敵に切られたんだ」
「敵・・・?」
「レイル君、あなたは・・・血まみれで倒れたところを、運ばれてきたのよ」
ジャヴさんの隣には、ララベルさんもいた。目を真っ赤にしている。
そう、ジャヴさんとララベルさん。僕は彼らを知っている。一緒にSSLで働く仲間だ。少しずつ、頭がはっきりしてきた。体を動かそうとして、胸の傷が痛むことに気が付く。
「この傷は・・・僕は・・・?」
「今は、おとなしくしてろ、な?」
慌ててジャヴさんが僕を寝かそうとする。
「ほかに怪我人は・・・」
「いないわ。あなただけ」
「僕だけ・・・」
それは喜ぶべきことなのだろうか。被害が少ない反面、僕一人が個人的に狙われたという可能性が高くなる。
「この病室の周りは、警備してもらっているから・・・今は、ゆっくり休んでね。あ、そうだ。リンゴ食べる?」
妙にやさしいララベルさんを見ると、出会ったばかりのころを思い出す。同僚としてではなく、家を変異呪種に追われた子供として扱われていたころだ。