東の剣士 -8
「職人ってのは、ハードルが上がると喜ぶものだからな。無理難題を言っておくくらいがちょうどいいんだぞ」
聞く人を選びそうな台詞を、剣精は胸を張って言う。
自分の武器のデザインを考える・・・。山の田舎暮らしじゃなくても、考えもしないことだろう。さらりと言ってのける剣精は、今までどんな経験をしてきたのだろう。
「わかりました。考えてみます。また相談させてもらうかもしれません」
「ああ。それでは、訓練、訓練。今日は、脱力のコツを教えようかな」
ここでようやく、普段の特訓が始まる。剣精はいつもと変わらない調子で、嬉しそうに剣を振り回している。剣の魅惑的なデザインについては、特に何も言及されなかったので、ほっとした。
朝までいつも通り特訓を行う。いつも通り、厳しくて、つらくて、楽しい時間だった。
空が白んで、明け方になると、体力の限界だった僕は倒れるように床に寝転がった。ひんやりとした石の床が気持ちいい。
「明日は・・・東の剣士のアーツ審査ですね。何時からなんですか?」
「夕方だな。気になるのか」
「ええ、実際に会った人たちなので。三人というのも、気になりますし」
「ふ、心配してくれているのか?」
「うーん、剣精が負けるところは見たくないですけど、苦戦する処は見てみたいです」
思ったままを正直に答える。
「はっはっは。よくわからん心理だな。私も、自分が苦戦するのか楽しみにしているよ」
「・・・頑張ってください」
「誰に言っている。レイルこそ、ちゃんと休むんだぞ」
「はい」
時間になったので、王宮を後にする。
街のパン屋の煙突から、煙が上がっている。相変わらず寒さは厳しいが、夜の物とは違う、澄み切った空気を感じるこの時間帯が好きだった。
あくびをしながら歩いているジャヴさんと、朝焼けの中を一緒に帰る途中。僕は、前方の小道に人影を見つけた。本来なら、この辺りはまだまだ人が出歩くような時間帯ではない。
「あれ・・・?」
「ん? どうした」
前方に、見覚えのある女性の姿が見える。出来立てのパンを片手に、周りの建物をキョロキョロと見比べながら歩いている。僕もSSLとして多少経験を積んだからこそ、わかる。あれは・・・
「迷子だな。なんだって、早朝に」
ジャヴさんが後ろからつぶやく。僕も頷くが、問題はその女性が昨日会った、東の剣士の一人だということだ。
「あの・・・」
僕が声をかけると、ビクッと跳ね上がる。
「ひっ」
「あ、僕は、昨日あったSSLの人間です」
「あ・・・昨日の・・・」
僕のことを思い出したのか、少し
昨日、三人でいた時は元気な印象だったのだが、今は借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
「ええと・・・迷子に・・・なりました」
「あ、はい。よくあるので、大丈夫ですよ」
「うう・・・」
迷子という事実を認めたくないのか、悔しそうに頷く。
「た、頼む! ウとサには黙っていてくれ!」
「ウとサ?」
「昨日会った二人組だ! 買い食いをしているうちに抜け出して、迷子になったなんてばれたら、どんな目に合うか・・・」
ガクガクと、体を震わせておびえる。
「だ、大丈夫ですよ。宿まで案内するだけですから」
「宿・・・」
「泊まった宿の特徴はわかりますか」
「・・・宿の前に、猫がいた」
「・・・建物の特徴とか、名前とかは・・・」
「そういうのは、サがやるから・・・」
「レイル、その子は・・・?」
僕の陰から、恐る恐るジャヴさんが顔をだす。陰といっても、まったく巨体を隠しきれていないのだが。
「ええと・・・」
僕は、ちょっと考え込む。海外の人ということもあるし、アーツ審査を受けることはあまり知られたくないのだろうか。
「昨日、街で偶然知り合いになった人です」
これでいいかと、ちらりと振り返ると、思いっきり親指を立てて笑顔になっている。これでは、ばれるのも時間の問題のような気がするが・・・
「ジャヴさん、なんで陰に隠れているんですか」
「俺は人見知りなんだよ!」
「いつも、道案内とかしているじゃないですか」
「あれは仕事だから大丈夫なの!」