東の剣士 -5
「ああ、それは剣暗君のシリーズだね」
「剣暗君・・・って、『剣の王様』のことですか」
「ああ、子供はそう呼ぶね」
僕は、母親に教わった剣の王様の話を思い出す。
昔、あるところに豊かな国があった
緑も川も動物にも恵まれた国で
剣が大好きな王様がいた
剣が好きすぎて国内外の剣を高値で買い取り続けた王様は
百姓も商人もほったらかしにして毎日剣を眺めて過ごし
ついに財政が傾いて国から追放されたという
「剣の王様って、実在していた人物だったんですか。てっきり、寓話の中の人物かと思っていました」
「うーん、剣暗君が実在していたかは、諸説あるけど、剣暗君のシリーズは俺の祖父が子供のころから存在しているよ」
「そうだったんですか」
「君が持っているのは、シリーズ後期のものだな。質実剛健を良しとした初期のものと違い、後期は造形やコンセプトが突出したものが多いのが特徴だ」
僕は、手に持ったナイフをまじまじと見つめる。確かに、ありふれたとは言い難いデザインだ。
赤く塗られた持ち手は女性の体のシルエットになっていて、グリップにくびれを作っている。鍔の部分はバストや鼠径部も細かく作っていて、なまめかしい。実用よりも装飾品の意味合いが強いのだろう。
だが、魅惑的なウエストのカーブは、僕の目には普通と違った魅力として映った。
(このナイフは・・・きっと、足に挟みやすい!)
「このナイフ、いくらでしょうか」
「えっ・・・気に入ったのか。そういうのは、もっと大人になってからのほうが・・・」
「ダメですか?」
「いや、ダメじゃないけど、現役のSSLがスペックや機能美ではなく、美術品に近いものを選ぶなんて珍しいなと思って。ただ、さっきも言った通り、ジャンク品に近いから、扱いは気を付けてくれよ」
店員は僕の手からナイフを受け取り、しげしげと眺めた。
「うん、古いものだから頑丈にはできていると思うが、保証はできないよ」
「大丈夫です」
「うちは売れれば、なんでもいいんだが・・・もっと丈夫でいいものがあるよ」
「それは、また来た時に」
「そうか。なら、鞘代は勉強させてもらうかな」
こうして、僕が生まれて初めて買ったナイフは、女体をモチーフにしたもので、かつ足の指に挟むのが目的で購入されたものとなった。
店で買い物をするということになれていない僕は、高価なものを自分で買えたという達成感と、いいものを手に入れたという喜びで、うきうきと店を後にする。
店の外は人通りも増えて、すっかり賑やかになっていた。
まだ昼にはなっていないが、そろそろ寝ないと、明日の夜勤に差支えがあるだろう。
僕はきた道を引き返すことにした。
寮に帰り、自分の部屋に入ると、買ったナイフを鞄から取り出して、ひとしきり眺める。
予想通り、足へのフィット感もいい。手と同じように軽く握っても、足から離れにくく足の親指と人差し指が疲れない。
「うんうん。よし」
満足した僕は、枕元に今日買ったナイフを置いて、床に就いた。枕元に自分の好きなものを置いて眠るのは、楽しいものだ。子供のころ、誕生日に父親からチョークを買ってもらったことを思い出しながら、僕は幸せな気持ちのまま眠りについた。
翌日、同じ夜勤のジャヴさんが、僕を起こしに部屋にやって来た。
「おす、レイル! 今日は仕事だぜ・・・って、うわああああああああ!」