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アーツ・ホルダー  作者: 字理 四宵 
第十二章 スパイ
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スパイ -11

僕とディランは、じりじりと間合いを測りながら近づいていた。

ナイフ使い同士の戦いは、接近戦となる。そして、戦いが始まれば、もう止まることができないことを、二人ともわかっていた。

死の間合いに入る寸前、旧友と乾杯をするかのように、二人のナイフが同時に上向く。

ディランのナイフが、怪しく光ったと思った途端、僕は自分のナイフを突き出してディランの手首を狙う。

ディランは下半身と上半身を分けた波のような曲線的な動きで、それをかわす。見た目によらず、テクニックを使った戦い方をする。

続けて出した僕の金的をかわし、ディランが突き出したナイフをかわすと、そこに裏拳が飛んできた。体勢を立て直す間がなかった僕は、かわし切れずにその拳を食らってしまう。鼻から出血し、目から涙が出る。ナイフの飛び交う間合いで、拳が出てくるとは思っていなかった。

僕は勢いをつけて後ろに転がり、すぐに立ち上がる。左手で出血をしていない方の鼻をふさぎ、鼻血を勢いよく出す。素早く歩を詰めると、迎え撃って出されるナイフを潜り抜ける。

どちらかの足に重心をかけたとき、ディランのナイフは、その瞬間を狙ってくる。休む間もなく繰り出される嵐のような突きを、僕はギリギリでかわし続ける。

頬を切られ、髪を空に散らす。無数の連撃が僕にかすり続ける。ディランのナイフにどれだけ傷つけられたのかわからず、僕のナイフは一回もディランに届いていなかったが、僕は自分の集中が雪解け水のように澄みわたるのを脳の底で感じていた。アドレナリンをスパイスにして、死を強く感じながら生を味わうこの感覚には、間違いなく喜びが混じっている。


息を切らしながら、無言の攻防は続いていた。逆説的に言えば、僕たちはこの殺し合いの中で、誰よりもお互いの無事を確認しあっているのだ。


僕は、ナイフを前に突き出し『浮き刀』の構えをとる。ここまででわかったのは、ディランは、決して弱くなく、スパイの活動のために実力を隠していただけだった。以前、アーツに詳しくないと言っていたが、恐らく嘘だろう。このアーツが通用しないのはわかっている。

アーツを使って距離を詰めようとする僕に対し、ディランは同じようにナイフを突き出して距離をとろうとする。対になった構えは、数俊膠着した。

意を決した僕は、『浮き刀』の機能を利用しつつ、数歩の距離を縮める。ディランは、僕の方へナイフを向けて距離を守ろうとする。

僕の右足が浮いた瞬間、ディランは重心のある左半身へナイフを繰り出す。その瞬間を、待っていた。

僕は、軸足である左足をマナを湛えたまま脱力して、体が沈むままにまかせた。同時に、ディランのナイフを持った手を、自分のナイフで払う。

僕の攻撃をかわそうとして、ディランはもろ手を上げて引こうとする。その時、僕の左足のマナを使って、急激に力を入れる。


右足には、『浮き刀』の時に地面から拾っていたナイフを指に挟んでいる。

大黒猿、腐れ兎の時は下から突き上げる形だったが、ある程度距離がある相手には使えない。僕が咄嗟に使ったのは、蹴りに乗せて突きにした、アーツの変形だった。一瞬、脳裏にアッシュ警備長の顔が浮かんだが、すぐに消えた。

刃の半分ほど刺さったナイフは、足の指に肉を切る感触を伝える。


「う・・・」


それでも気力を失わず、捨て身で襲い掛かろうとするディランの顎を、掌底で打ち抜く。足の力を失ったディランは、2,3歩後ろに下がった。その隙を逃さず、僕はディランの腹に刺さったナイフに向けて前蹴りを叩き込んで、さらにナイフを深く押し込む。ディランは、蹴りの勢いのままに大の字に倒れた。

一度倒してしまえば、もう立ち上がる力がないのは見えていた。


「今のが・・・なるほどな・・・」


ディランは、自分の腹を見ると、自分のナイフを力なく離した。僕は、油断せずに手に盛ったナイフを構えたまま、死出を待つ。


「つまらん・・・つまらん、人生だった・・・故郷に残した家族は死に、異国の家では誰とも話さず・・・」

「・・・」

「おまけに、子供相手にスパイを見抜かれて、終わりか・・・」


くっくっくと笑って、鼻をすする。僕には、関係のないことだ。スパイを倒しただけ。スパイが涙を流していても、気にすることではない・・・そう、自分に言い聞かせた。


「犬でも飼えばよかったぜ・・・畜生」


首の力が抜けて、目玉がぐるんと上を向いた。こと切れたようだ。


「・・・お世話になりました」


背後のララベルさんに聞こえないように、小声でつぶやく。この男のせいでコボル警備長に起きたことは、とても許せることではない・・・が、それが何かの計略だとしても、僕がいくつかの恩義を返していないのは確かだ。

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