スパイ -10
激昂したラストは、とびかかるようにサーベルを振り下ろす。
ララベルさんは脱力してそれを迎え撃つ。わずかに荒れた切っ先の動きを、ギリギリまで引き付けてからかわす。
だが、紙一重でかわしたはずの刃が、再びララベルさんの金髪を散らす。
(挑発は上手くいった。剣は乱れたはず・・・なのに、かわせない)
ラストの繰り出す剣の軌道が、わずかにズレて読めない。接近戦でのサーベルの連撃に耐え切れず、ついに柄で受けてしまう。鋼鉄の槍は、サーベルの刃ぐらいでは折れたりしないが、槍使いとしては屈辱だ。
「どうだ・・・どうだ!」
手ごたえを感じたのか、ラストの攻撃は勢いを増すばかりだ。ララベルさんは、僕の方へ衝突しないように、弧を描きながら後退していく。
「俺の、俺の攻撃は、アーツだ!」
「・・・そう。決定力の低いアーツね」
ラストが冷静にならないように挑発を続けながら、ララベルさんは距離をとろうとする。
(ナイフの怪我のせいで、槍を突き出すときに、痛みがある・・・)
わき腹を伸ばす動きをすると、自分の傷が大きく開いて激痛が走る。槍使いとしては、危険なハンディキャップだった。
ラストもそれを見抜いたのか、間合いの詰め方が大胆になってきている。
(このままでは、まずい。レイル君を待っている前に、私がやられてしまう)
槍を引く動きは、ほとんど支障がない事を確かめると、ララベルさんはもう一度脱力して集中する。
次にラストの出した首狙いの払いは、わずかに大振りになっていたが、決して緩んだ一撃ではなかった。
ララベルさんは、バックステップでやや大きくそれをかわすと、腕に集中させたマナを使い、槍を強く引いて、足元後方の石畳にぶつけた。槍の石突が石畳に衝突すると、ララベルさんが引いた方向の真逆に跳ね返った。
「なにっ!?」
跳ね返った槍は、人が体重を乗せた突きほどの威力はない。だが、人の筋肉と違い、
引く→引く力を弱める→突く
という筋肉の調節がない分、怪我をしているララベルさんの動きよりもわずかに早かった。さらに、腕の動きに突きへの初動がないので、相手はどうしても反応が遅れることとなる。
「ぐうっ!」
跳ね返った槍は、威力がそれほどあるわけではない。真槍とはいえ、ラストの腹筋にわずかに刺さっただけだった。だが、ラストはその槍を思わず掴んでしまう。
それが、勝負の分かれ目だった。
「おおおっ!」
ララベルさんは瞬時に槍を掴みなおすと、体重を一気にかけて突進する。腕に残ったマナと脚力を使って、ラストの体を浮かせると、槍が刺さったまま壁まで走る。
ラストは、自分の腹に刺さった槍を抜こうと両手で槍を掴むが、間に合わずにそのまま壁に叩きつけられた。
ズブリと、槍の穂が体に侵入していく。
「ゲフッ・・・お、お前・・・」
「隠し玉を持ってるのは、あなただけじゃないの」
深々と胃を貫かれたラストは、口にこみあげた多量の血を吐きだした。
「あなたの技のトリックは、見抜いたよ。意図的に筋肉の動きとずれたマナを体に流して、剣の動きを読みにくくしてたのね・・・」
通常ならば、人間は無意識に体の動きとマナを連動させる。それを、わざとマナを切ったり、動きの途中で関係のないところにマナを増量させたりして、相手の混乱を図る。それが、ラストが使っていた技だった。
「目のいい相手ほど、ひっかかる・・・ってわけね」
体から槍を引き抜いて距離をとる。
壁の磔から解放されたラストが膝をつく。腹部からの出血は、すでに踝のあたりまで真っ赤に染めていた。致死量の出血は、あっという間に彼の体の力を奪い、ラストは力なく横たわった。顔は青ざめ、目が虚ろになっていく。
「何か、言い残すことはある」
死にゆく男に、ララベルさんは語りかける。人が死ぬ最後ま知覚できるのが、聴覚だという。ララベルさんの声も、落ちていく命に届いたようだった。
「俺の・・・オリジ・・・ナル」
「オリジナル? ・・・・あぁ、さっきの技のことね。・・・でも」
ララベルさんは、ラストを見下ろしたまま、槍を掲げる。ゆっくりと仰向けになったラストは、それを呆けたような表情で見つめている。命乞いは、なかった。
「大した技じゃなかったよ」
ラストのうなじから、鋼の刃が舌を出す。びくりと体が震え、すぐに全身の筋肉が弛緩した。