スパイ -9
ララベルさんは、ラストとは業務連絡以外ではまともに会話をしたことがなく、ほとんど初対面だった。王宮で張り込みをして、ラストが出てきたときは、知り合いではなくてほっとしたという。
「ラスト・・・おとなしく、投降しなさい」
「投降? スパイなんて、どうせ任務に失敗したら国から見放されて終わるんだ。投降するメリットなんて何もない」
「少なくとも、私に殺される可能性はなくなるわ」
「お前に? 俺が?」
「あなたが、コボル隊を相手にできるの?」
「確かに、コボル隊は曲者ぞろいだ。・・・だが、俺が怖かったのは、ロートルのコボルではなく、天賦の才と言われたジュリアだ。死にたくなかったら、引っ込んでいろ」
「そう。・・・ディランならともかく、私もあなたなら怖くないから、勇気が出たらかかってきていいよ」
チッと舌打ちをして、ラストのサーベルが音もなく振り下ろされる。明確な殺意が込められた一撃だった。
ララベルさんは、ステップで動線をよけつつ、槍を回転させて利き腕を叩き落とそうとするが、ラストの腕の引きに間に合わない。普段なら届いているはずの攻撃が、わき腹の怪我のせいで鈍くなっている。
自分の状態を再確認したララベルさんは、深追いをせずに間合いを稼ぐ。
(あの時、レイル君が声をかけてくれなかったら・・・)
背後から無言で切り付けてきたディランの姿を思い出し、身震いする。気が付けば一緒に走ってきたはずのジャヴさんがいなくなり、自分もやられるところだった。
(今の私にできるのは、レイル君が二対一になるという状況を避けること・・・。一度レイル君に助けられたのだから、彼の足を引っ張らないようにしないと・・・)
ララベルさんは、僕がララベルさんたちから距離をとったのを確認して、槍を引く。
「防戦か? あんな小僧に任せるとは・・・ディランもなめられてるようだな」
ラストは、驚いたように言う。状況から考えると、この場にいる四人は一刻も早く自分の相手を倒し、残った相手を二対一で叩くのが、セオリーだ。守りに入ったということは、僕の戦闘の結果を信じるということに他ならない。
「・・・レイル君は、今までいくつもの困難を乗り越えてきた。これくらいどうってことない・・・」
そう言って、ララベルさんはわき腹の苦痛をマナで緩和する。
ラストは、その隙を逃さずにサーベルによる猛攻をかける。
面突き、鎖骨斬り、大腿斬り、腹部への突き。かわしたはず、防いだはずの攻撃が、わずかに届いて肌を細かく刻んでいく。
(おかしい・・・怪我をしていても、ここまでくらうほどの攻撃ではないはず・・・)
ラストは、ララベルさんの血の粒が肌からこぼれるたびに、くっくっくと笑いをこぼす。
「何か、トリックがありそうね・・・」
「凡人はわからないまま、死んでいくといい」
「・・・とはいっても、アーツじゃなさそうね。手負いの人間一人倒せないようじゃ、アーツ審査に受かるわけないもの」
「なんだと・・・」
途端に、ラストは気色ばむ。
「レイル君が将来有望だから、ラストも比較されて可哀そうだとは、思うよ」
「貴様・・・!」