山岳の戦い -10
「さて、レイル君。だいたいのことは分かった」
今に至るまでの出来事を全て話し終えると、コボルさんは少し緊張をといたようだ。恐らく街の人間で下調べは済んでいたのだろう。細かい確認をするだけで、取り調べはスムースに進んだ。
「さっきも説明したが、捜索隊を組織した。腕に覚えのある人間もついているから、大黒猿の討伐を行いつつ、生存者の確認を行う。こんな時にじっとしているのはつらいとは思うが、君は治療に専念してほしい」
「・・・はい」
是非もない。
「よろしい。さて、レイル君。・・・つらいことを聞くが、君には身寄りと呼べる人がいるかね」
「・・・いえ、親戚はいませんし、家族は山の上に・・・」
「そうか。それでは、君の腕の治療費のことだが・・・」
はっと、息を飲んだ。お金のことを全く考えていなかったが、両親がいない今、僕は一文無しだ。山の上の家にいくらかのお金があるだろうが、今はそれを取りに行く手段がない。
「・・・」
暗い表情を見て取ったのか、慌てて言葉を続ける。
「おっと、心配をかけてしまったのなら、すまないね。そのお金のことなんだが、私に提案がある」
「提案・・・なんでしょうか」
「聞くところによると、山中のつり橋を落として、街への経路を絶ったそうだね」
「はい。・・・まずかったでしょうか」
「いやいや、とんでもない。君の処置のおかげで、付近への対処が随分と楽になったんだ。変異呪種の発生時には、封じ込めが鉄則だからね」
あの時の僕は、無我夢中で安全を確保したいだけだったが、結果として役に立てたのなら、よかった。
コボルさんの意図が分からず、落ち着かない気持ちになって、頭をかこうとして、腕が折れているのを思い出した。
「さて、ここからが本題なんだが、我々は首都の治安維持の為に組織された警備隊『SSL』の人間で、この国の軍人やそれに準ずる業務の人間は、業務中の怪我については医療費がかからずに治療を受けることができる」
コボルさんは、一旦言葉を区切った。僕が会話についてきているか、確認をしたようだ。
「そこで、提案だが、君は一時的にSSLに所属したということにし、その業務・・・そうだな、偵察中ということにしておこうか・・・とにかく、業務中に、大黒猿と遭遇し、負傷を負った。そういうことにしてはどうだろうか」
驚きのあまり、言葉を失った。周りを見ると、幌の中にいたモヒカンの大柄な人間と目が合った。彼は、悪そうな顔でニヤリと笑う。コボルさんは、咳ばらいをして、言葉を続ける。
「ちなみに、わが隊には目覚ましい活躍をしたものに報奨金が出る。君の働きも、それに当たるものだと、私は判断する。若干だが、退院後の生活費にあてることもできるだろう・・・どうかな?」
「あなたが実際に業務につかなくても、他に行きたいところができたら、その後に辞めるのは自由なのよ」
コボルさんの隣の、金髪の女性も声をかけてくる。
「それって・・・違法というか、皆さんの立場が悪くなるんじゃ・・・」
「うむ。だから、この件は機密案件としよう。皆、軍部に何を聞かれても、知らぬふりをすること」
「了解っす」
「はい」
その場にいた全員が、賛同した。
「どうかな?怪我が治るまでの間・・・もちろん、業務を見学して、君さえよければ、その後も勤めてかまわない」
「・・・」
「君は、よく頑張ったんだ。結果は君にとってのベストではないかもしれないが、周りの人間は、大変助けられた」
「はい・・・分かりました」
ふり絞るように、肯定の言葉を出した。
「・・・よし。諸君!勇敢な新入りに、敬礼!」
コボル警備長を含め、全員が背筋を伸ばし前方へ敬礼をした。僕の方を見ないようにしてくれたのは、僕がうつむいて、頬から流れる涙を見られないようにしていたからだろう。
「お世話に、なります・・・」
こうして、僕のSSL入りが決定した。一夜にして家と家族を失い、身も心もぼろぼろの体だったが、最後は彼らSSLの好意によって救われた。彼らに気づかれなかったら、手の治療もできずに野垂れ死にしていたか、物貰いとして街の片隅に住み着いていたかもしれない。
・・・そして、僕の剣士としての才能も目覚めることがなかっただろう。