スパイ -1
アッシュ警備長に稽古をつけてもらった数日後。その日の夜勤の連絡事項には、「伝達事項があるので、直帰せずに必ず本部で待機すること」と書いてあった。
僕は、同じ班のジャヴさんと顔を見合わせた。
「ジャヴさん、これは・・・?」
「わからん。だが、きっといい知らせじゃないな。今日の日勤も早出をしたようだし・・・」
「そうだったんですか」
「あぁ・・・」
「では、剣精には稽古が長くなりすぎないように言っておきます」
「おう。怪我すんなよ」
首をかしげながら、連絡を読むジャヴさんと別れ、僕は剣精のところへ向かう。
「ふむ。では、今日の修行は軽めにしておこう」
そういったのは剣精だったが、最初につばぜり合いまでいったところで、スイッチが入ったようになり、内容は結局いつもと大して変わらなかった。息を荒くする僕を、剣精は余裕の体で見送る。
「・・・ありがとうございました」
「うむ。また明日な」
特訓をしている間は誰の笛も鳴らず、夜勤からしてみれば平和だったといえる。
涼しい顔の剣精に別れを告げて、階段のところにいた眠そうなジャヴさんと共に本部へと戻る。SSLの会議室は、夜勤と思われるSSLの隊員でごった返していた。
ジャヴさんと僕は、同じ夜勤のディランさんを見つけ、近くに座る。
「よう、ディランのおっさん、何か聞いてるか?」
そう言って、ジャヴさんは前の方に準備されている壇を指さす。
「いや、さっぱりだな。俺の区域も平和そのものだったし・・・それより、レイル、剣精の稽古はどうだ?」
「防御の基礎ばかりやっています」
「そうか。だが、基礎は大事らしいからな。しっかりやるんだ。給料が出て、稽古をつけてもらうなんて、なかなかないことだからな」
「・・・はい」
ドアが開き、壇上に、アッシュ警備長が登る。
「あ、アッシュ警備長だ」
「チッ、あいつか。コボル警備長のおこぼれをとりやがって」
「ジャヴさんは、アッシュ警備長を隙じゃないんですか」
「俺のモヒカンが、爽やかな男を本能的に拒絶するんだ。油断すると、彼女か娘をとられるぞ・・・ってな」
「どっちもいないじゃないですか・・・」
「できたときに、この勘が鈍っているといけないからな。研ぎ澄ませておくのよ」
「・・・」
東と北のSSL兼任だけでも大変そうなのに、部下の理解が得られなくて気の毒に思う。
ジャヴさん以外にも、同じ思い抱えている人はいるのだろうか。コボル警備長の存在が大きかっただけに、アッシュ警備長も大変だ。
「えーと、皆さん、ご静粛に願います」
広間の前で二度手を叩くと、場はしんと静まり返った。
「夜勤で疲れているなか、お集まりいただきありがとうございます。手短に話しますので、ご清聴をお願いします」