11-5☆
剣精の掛け声に合わせて、僕たちは再び対峙する。僕は、アッシュ警備長のアーツを警戒しつつ、自分のアーツを繰り出すタイミングを計算していた。じりじりと、距離を詰めようとしたが、
「うん、わかった」
アッシュ警備長は、急に構えを解いた。
「君のアーツは、無条件に発動するものではないんだね。何か、タイミング的やチャンスが必要なタイプなのかな」
苦も無く見抜かれてしまった。腹のうちを探り合うには、まだまだキャリアが足りないということだろうか。にこりと笑うと、アッシュ警備長は体にマナを寄せ始めた。
「時間もないし、硬直状態になってもしょうがないから・・・僕が先にいくよ」
そういって、アッシュ警備長は振り返ると、僕に背を見せた。戦闘中に相手から目を離すなどと、常識的に考えればありえないのだが、相手がアーツ・ホルダーだとわかっているがゆえに、僕はアッシュ警備長の背中に向けて手を出すことができなかった。
構えて警戒を続ける僕に対して、アッシュ警備長はまたも驚きの行動を見せた。
アッシュ警備長は、背をのけぞらせて、ブリッジのような体勢をとったのだ。ブリッジのようなと表現をしたが、正確には、手も頭も地面についていない。背筋から太ももにマナを集中して、全身を支えているのだろう。
僕より背の高いアッシュ警備長を、見下ろす形になる。しかも、アッシュ警備長の頭が、僕の足元の方を向いている。体験したことも、想像したこともない、実に奇妙な構え? だった。
「こ、これは・・・」
隙だらけのような気もするが、ではどうやって攻めるかと言われると、言葉にできない。
「ほら、実戦じゃ動きを止めちゃ、ダメだよ」
アッシュ警備長は、その姿勢からは予想もつかないスピードで距離を詰めてきた。冗談やその場の思い付きではない。これは、確実に訓練をした動きだ。
僕は、ナイフを出そうとして、重要なことに気が付いた。単純だが、地を這ってくる相手には、ナイフが届かないのだ。
「それっ」
アッシュ警備長の長剣が、僕の足を刈ろうとする。慌てて距離をとるが、僕が避けてまわるよりも、アッシュ警備長の追ってくるような移動の方が早い。
時に地面を這うように剣を繰り出すアッシュ警備長の剣の軌道は、上体ではなく、足を狙って攻撃してくる。僕からの攻撃は届かないが、アッシュ警備長の剣は常に僕の足を狙える位置にある。距離をとることもできず、足への攻撃はかわすことさえままならない。
奇天烈な構えの効果は、想像以上のものだった。強靭な体幹と、マナのサポート、そして、常識にとらわれない発想がなければ、こんな構えは生み出せないだろう。
死角をとろうと周りこもうとしても、アッシュ警備長が回転するほうが速い。
「それならっ」
僕は意を決して、アッシュ警備長の上を飛び越える。
「うーん」
剣精が、不満げに唸る。
「そうきたら・・・こうだね」
アッシュ警備長は、足の力だけで体を起こすと、通常通りの体勢になり、飛び越えて着地する僕を木剣で制した。次の一手が、思い浮かばない。
「まいりました・・・」
顔の前に木剣を突き付けられて、僕は白旗を挙げる。終わってみれば、終始、アッシュ警備長の手の内という感覚だった。
【名称】ローラ、僕の愛を君に捧ぐ
【発案者】アッシュ
【分類】構え
【マナ使用部位】足、背中
【難易度】易しい
【使用条件】特になし
【解説】地面を背にして、脚と背筋で上体を支え、地面ギリギリに移動・攻撃を行う構え。相手の腕からは遠くなり、自分の腕は相手の足を狙える。奇妙な構えだが、剣技同士で対戦する時には効果が高い。鍛え上げれば、相当なスピードで動くことができる。マナが尽きると、姿勢を維持することが困難なのが、欠点。