11-4
「あの・・・体に悪いとか、苦いとか・・・そういうのは、ないんですか」
「なんだ、レイルは薬が苦手か」
「ええと、山育ちなので、あまり飲んだことがなくて」
「もともとは痛覚を和らげるために作られた薬だ。体に悪いという報告は、(あまり)なかったな」
「? 今、小声で何か言いませんでしたか」
高速で動いた剣精の口元から発した言葉を、聞き逃してしまった。
「大丈夫だ。心配ない。問題ない。そうだ、アッシュが先に飲んでみろ」
「僕ですか? わかりました」
そういうと、アッシュ警備長は一気呵成に粉薬を飲み干した。
「えっ、アッシュ警備長・・・?」
僕は、そのためらいのない飲みっぷりに驚く。
「すごいだろう。こいつは、面白いくらい人を疑わないからな。素直だから剣技が伸びたが、人としてはちょっと残念なところがある」
言う通りに薬を飲んだのに、ひどい言い草だとは思うが、確かにすごい。
「アッシュ警備長、お変わりはありませんか」
「うーん、そうだなぁ・・・」
アッシュさんは二、三度飛んだあと、剣を振って感覚を確かめているようだ。
「大丈夫みたいだよ。レイル君も飲んでみなよ」
「はい・・・」
僕は、薬包を手に取ってしげしげと眺める。古臭く汚れた包み紙が、一層飲む気をなくす。
「これを飲むと、僕たちはしばらくすると今の記憶がなくなるんですよね」
「そうだ。薬が切れる間際に、少し目まいがするが、それが収まるときれいさっぱり忘れている」
「えっ、目まいって・・・大丈夫なんですか」
「レイルは心配性だな。死んだ奴はいないから、安心しろ」
「う、うーん・・・」
「はっはっは。期待の新人、レイル君にも、苦手なものがあったんだね」
アッシュ警備長が、木剣で自分の肩を叩きながら、爽やかに笑う。
「僕が、期待の新人・・・?」
「うん、コボル警備長が、よく言ってたよ」
「コボル警備長が・・・」
脳裏に、倒れたコボル警備長の姿が浮かぶ。そうだ、僕はもっと強くならなくてはいけないんだ、という、思いがよみがえる。
「わかりました。飲みます!」
「おう。アッシュと時間がずれすぎてもいけないから、ぐっといけ。舌の真ん中に乗せて、水で流し込むんだぞ」
そう言って、剣精は水を持ってきてくれた。
それを見て、アッシュ警備長がニコニコと笑っている。剣精も、それに気づいたようだ。
「なんだ、アッシュ。言いたいことがあれば、口に出せ」
「いやー、剣精がなんだかお母さんみたいに面倒をみているのが、微笑ましくて」
「おか・・・キサマ・・・後で、覚えておけよ」
「忘れちゃうんですよね? この薬を飲むと」
「ぬ・・・」
「剣精・・・あの・・・」
「ええい、なんだ」
僕の呼びかけに、しょうがないなという風に振り返る。
「薬・・・まずいです・・・」
「だから、舌の真ん中に乗せろといったろう。味覚の薄い部分以外に広がる前に、水を飲むんだ。ほら、流し込むんだ」
「ふふふ・・・」
「アッシュよ・・・何が言いたいかは、わかる。だが、薬を飲んだということは、その間は私が何をしてもお前は覚えていられない、ということでもあるんだぞ」
「・・・なるほどー。気を付けます」
「ほら、レイル。飲み干したか」
「はい・・・」
口の中に嫌な味は残っているが、なんとか流し込めた。舌を出して薬が残っていないか確かめる僕に、剣精は木のナイフを投げた。僕は、それを受け取る。
「よし、それでは、これから30分の間、アーツは解禁になると思っていい。無理に使う必要はないが、実戦と同じで、チャンスがあればどんどんいけ。近くに誰かが来たら、私が止めるから安心しろ」