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第4志望【マウスの中の人】

 古来から現代へと、現代から未来へと。 「最近の若者は」と罵られること珍しくない。 しかしながら、本当に罵られるべき者はそう多くなく、一部の若者ぐらいだろう。 この高校から見れば、その一部の若者でさえも炎のように光輝いて見えるものだ。


 炎上するSNSと、フォローせどもフォローをされぬSNS、暗闇からすれば炎上の明かりすら光眩しい。 ここの人間からすると、アイスのケースの中に入った男すらも羨望の対象である。


 炎の光に憧れる蛾ども中で、一層の光を求める少女が一人、くしゃくしゃの紙に塗れた机に突っ伏していた。


‪ ‬手に握られているのは炎上したSNSを画面に写したスマホ……ではなく、湿気た進路希望調査票。 提出期限から一月は過ぎた、人の手には過ぎた代物だ。


‪ ‬俺はその紙を学級委員長として担任の氷室に届ける責務をはたすため、自分のことを「ボク」と呼ぶ少女の幼馴染の前に座る。


「進路希望調査票、そろそろ書けたか?」


‪ ‬少女は気だるそうな目を俺に向けて、気まずそうに目をそらしながら顔を上げる。


「書けてないのか?」

「書いたけど」


‪ ‬可愛らしい顔とは反対に、その表情はぶすりとしていて、不貞腐れていることを主張したいらしい。 わざとらしさに苦笑していると「ん」と言われながら渡される。


‪ ‬えーと、と軽く言いながら、第一志望の欄に目を通す。


【ニック・マウスの中の人】


「ニック・マウスに中の人などいない!」


‪ ‬安穂のカラダがピクリと震える。


「……いや、すまない」

「いや……ごめん。 うん、でも……いるんだ」

「いない!」

「……いるよ。 じゃないと、二人でタイニーランドに行ったときに、ニック達に神林が寄った瞬間に逃げられるわけがない。 本物だったら、神林が寄っても大丈夫なはず」

「ッ! それは!」

「だからボクがニックになって、神林が来ても逃げないでいてあげるよ!」


‪ ‬嬉しいのか、嬉しくないのか。 ニック・マウスでも中身が安穂だと思えば、あまり嬉しくもない。

‪ ‬珍しくやる気を見せている安穂を見ながら、溜息を吐く。


「……タイニーランドに就職したいならそれでもいいけど、俺のためにはするなよ。 お前の人生なんだから、お前のために決めるべきだ」

「……いや、ボクも嫌いじゃないよ?」

「俺もそんなに好きでもねえよ」


‪ ‬アニメはほとんど見たことがないし、ランドに行った時もそこまで楽しいものでもなかった。


「……でも、神林ショックを受けてた」

「まぁな」

「あんなにショックを受けてた神林は、小学校のときに席替えで隣になった女子に泣かれていたときぐらいだね」

りやめろ、結構今でも辛いからな」

「あの時からだよね……神林がガラの悪い感じになったの。 戻ったけど」

「普通だろ。 お前は話したり人の相手するの苦手だし、ああいうのは向いてないんじゃないか?」

「……ボクも成長している。 話ぐらい、ちゃんと出来る」


‪ ‬少し機嫌の直り始めた彼女がニヤリとした顔で俺を見る。 安穂という人間は、アホである。 世の中には三種類のアホがいる。 勉強が出来ないアホ、勉強が出来るアホ、勉強も出来ないし生きる能力も低いアホ。 三つ目が安穂である。


‪ ‬しかしながら、ハナから否定してかかるのもよくないと思い、彼女の言葉に耳を傾ける。


「……ある晴れた日の話。

ヘイボブ! 今日もイカした服装だね! 一段と気合が入ってるじゃあないか」


‪ ‬話ぐらいって、小噺かよ。 しかも何故かメリケン風の。


「ようトム、そりゃいつも裸のお前に比べたらそこらへんのゴリラだっておシャンティさ!」

「待て、なんでトム裸なんだよ」

「……そういう話だし?」

「前提が凄まじくて受け入れ難い!」

「まぁ待ちなよ。 ……話を最後まで聞いてから、最後まで聞くか決めようよ」

「俺に時空を超えさせようとするな!」


‪ ‬俺は言うが、やはり何故トムが裸なのか気になるので、これ以上話を止めることなく聞く。


「そりゃ裸のお前に比べたら大体はオシャレさんさ。 おっと、こうしちゃいられねえデートの時間が迫ってんだった。

ボブがデート? そりゃ似合わねえな。 まぁ親友にガールフレンドが出来たってんだから仕方ない。 素敵なデートスポットを教えてやるぜ。

おいおい、草を食うことにしか興味のないトムが──」


「ちょっと待て、トム草食ってんの?」

「えっ、はい」


 草しか食わないトム……裸……。


「それ、トムはトムでもトムガゼルだろ」

「……あ、うん。 そうだよ。 野生動物の話だからね」

「じゃあボブは?」

「サップだよ」

「サップは野生動物じゃねえよ」

「……人間って、ただ巣が大きいだけの野生動物なんじゃないかな」


 面倒なことを言い始めた。 どう言い返そうかと思っていると、学校のチャイムが鳴り、彼女の話が止まった。


「……もう出しに行った方がいいよ」

「いや、まぁそんなに焦る必要もないが」

「……部活もあるでしょ? まぁ、上級生で、一番上手い神林が文句言われることもないだろうけどさ」

「結構陰口は言われてるけどな」


 じゃあ早く言った方が良いと、彼女は眼鏡を装備して俺を職員室に引っ張る。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「中の人って、アミューズメント施設の職員ってことか? 良いんじゃないか」


 思いもしなかった先生の言葉に、二人して黙りこくってしまった。

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