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第二志望:【伝説】

 昨日今日ではなくもっと前から、若者は夢が持てていないと聞くけれど、この五良南高校から見れば、そんな若者達も夢に溢れて見えるというのが、教師達の語り草だ。


 夜にスマホのライト機能眩しいように、愛も勇気もないこの高校からすれば大企業の正社員になりたいと言っている若者はスマホのライト機能である。 スマホのライト機能は夜でなくても伝説の剣のように眩しかった。


 そんなスマホのライト機能すら追いつかないほどの暗闇に覆われた高校の中で、より一層の闇を纏った一人の伝説が落書きだらけの机に突っ伏している。


 手に握られているのは伝説の剣と対を為す魔剣……ではなく進路希望調査票。 提出期日からとっくに31日は経過しているレジェンドだ。


 涎が渇いた痕が残っているそれを見たら、書くふりをしながら寝てサボっていたことが見て取れた。


 俺はその紙を担任の氷室先生に届けるという役目を果たすために、ため息を吐き出しながら少女の前の席に座った。


「進路希望調査票、そろそろ書けたか?」


 少女は気怠そうに顔を机から上げて、今にも眠ってしまいそうな半目で小さく頷いた。


「……うん、今回は……いける気がする」


 いつになく真剣な表情を俺に向けた少女から紙を受け取って、その紙に目を通した。


 【伝説】


 進路希望調査票にはそう書かれていた。


「伝説か」

「うん」


 俺の問いに少女は頷いた。


「人生は一度しかなくて、なのに死んだら何も残らないなんて、すごく悲しいよ」

「だから、伝説に」

「うん。 後世で語り草になるような。 そんな人間になりたいなって……」


 少女は黄昏るように窓の外を眺める。 物悲しい雰囲気に押されるけれど、実際には悲しさはない。 雰囲気だけである。


「いや、無理だろ。 安帆(ヤスホ)ってアホだし、運動音痴だし」

「……ノーベル賞クラスでいいよ」

「ノーベル賞舐めんな」

「……大統領になって、何かしら謝罪して、平和を訴えれば」

「日本に大統領はいない」

「昨日、夜中にカップ麺食べてごめんなさい」

「平和か」


 安帆は気にしたように腹をさするが、腹どころか胸も尻も出てないので問題ないだろう。

 眠たげな目を擦りながら、俺の方を見る。


「……最悪、この高校の伝説、とかでいい」

「伝説?」

「あれだよ、ほら、千葉にある東京タイニーランドで、ニックを海賊のアトラクションの水場に突き落としたって……」

「ああ、あのどこの高校でも伝わっている謎の先輩の武勇伝か」

「ああいう話、なんでどこでも聞くんだろね」

「なんでだろうな」

「そんな謎の伝説になりたい……って、思ってたんだけどさ、その謎の真実に辿り着けそうなの」

「いや、ただのよくある話だろ」


 やれやれ、と少女は馬鹿にしたように首を左右に振る。


「……一学期の短い時間だけいた二人っていたね」

「ああ……蒼と利優ちゃんの二人な」


 5月に転校してきたと思ったら7月にはいなくなった二人の転校生だ。 二ヶ月いなかったが、色々と目立つところのある二人だったこともあり……記憶にはまだ新しい。


「転校してきた理由と、転校していった理由も分からない」

「……まあ、そう、だな」

「たぶん、あの二人……ニックを水場に突き落とす謎のパイセン。 なのではないかな」

「多分に間違えていると思う」


 まぁ、確かに異様に怪しい奴らではあった。 5月に転校してきたと思えば、7月にはいなくなった。

 かと言って目立たなかったわけではなく、球技大会で優勝していたり、とんでもない速度で動き回っていたり、目立つ二人だった。 そんなこともあり、妙な憶測が飛び交っている現状だ。


「……一ヶ月から二ヶ月ほどのスパンで転校を繰り返し、その学校にいる間に東京タイニーランドでニックを突き落とす謎のパイセンだったんだよ」

「目的が知れなくて薄気味悪いわ」

「伝説になりたかったんだよ」

「伝説というか、都市伝説だな」

「……女の子の方も、男の子を「先輩」って呼んでたし、間違いない」

「繋がっちゃったよ。 状況証拠が揃ったよ」

「くそ、奴らめ……」

「先手取られたみたいな顔をするな」


 むむむ、と安帆が顔を顰めて、俺の方を見て頷く。


「今週末、東京タイニーランドに行く?」

「一人で行けよ」

「……僕にはパワーが足りない」

「さらっと俺を主犯にしようとするな」


 つまらないといった顔をしてから、安帆は進路を希望調査票に目を戻す。

 ぐったりと身体を机に預けるようにして、上目で俺を見ながら呟いた。


「じゃあ、別の伝説……」

「伝説になるために何かしようとする時点で凡人なんだよ」

「……確かに、校長もレジェンドになりたくて12000人切りしたわけではないね」

「そうだな」

「……すごいよね」

「すごいな」


 決意したように安帆はシャーペンを手に取る。


「校長になるよ」

「動機が不純すぎる」

「大丈夫、氷室せんせーも生徒に手を出してるって聞くし、きっと12000人切りも応援してくれる!」

「マジかよ、あいつ最低だな」

「うちのクラスの倉内くんと……」

「男じゃねえか」


 どこまで信じていいのか分からないけれど、色々と倒錯してそうな人なのであり得なくない。


「マジか、クビにでもなったらガチで伝説になりそうだな……」

「よし、僕、教師になる」

「伝説ならなんでもいいのか」


 安帆が頷いたのを見て、馬鹿らしさにため息を吐き出し、伸びをしながら背筋を伸ばす。


「生徒に手を出さないとだから、君に頼むよ」

「他の人に頼め」

「……僕みたいなちんちくりん、好かれると思う?」

「……どちらにせよ、俺も普通に働いてるだろ」

「……留年?」

「むしろ俺がレジェンドだろ」


 夕暮れ時、そろそろ担任の氷室先生のところに持って行かなければならないけれど、少女の手元にあるのは【伝説】と堂々と書かれていて、涎でよれてしまっている。


「……じゃあ、また明日」

「これを残して逃げるな。 俺も怒られるんだぞ」

「その紙あげるから……。 僕の唾液付きだよ?」

「捨てるな」

「……冷たいね」

「じゃあ行くか」

「眼鏡掛けるから、ちょっと待って」

「なんで持ってるんだよ」

「……近眼」


 いつの間にか変わっているのだと思うと、少しもの寂しい。 まぁ、中高でほとんど話す機会もなかったので、そんなものだろう。


「……行かないの?」

「行くか」


◇◆◇◆◇◆◇



「……いけたね」


 いけた。

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