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第一志望:【†ナイト†】

 今日この頃、昨今の若者は希望が持てていないと聞くけれど、ここから見れば希望に溢れて光輝いているようにさえ見える。


 夜に小さな星の光が眩しいように、夢も希望もないこの高校からすれば公務員になりたいと言っている若者は星である。 希望の星といっても過言ではないだろう。


 そんな絶望の暗闇に覆われた高校の中で、より一層の絶望を纏った少女が一人、落書きだらけの机に突っ伏している。


 手に握られているのは絶望のダークマター……ではなく進路希望調査票。 提出期日からとっくに30日は経過している代物だ。


 皺だらけのそれを見れば、まだまだ難航して悩んでいることが見て取れた。


 俺はその紙を学級委員として担任に届けるという役割を果たすために、少女の前の席に座って身体を横向きにして顔だけを少女の方へと向けて話しかけた。


「進路希望調査票、そろそろ書けたか?」


 少女は気だるそうに顔を机から上げて、今にも眠ってしまいそうな半目で小さく頷いた。


「……うん、今回は……いける気がする」


 何度教師に突っ返されたかも分からない紙を少女は俺に向ける。

 どうでもいい説明や注意書きを無視して【第一志望】の項目に目を細めるようにして見る。


 【†ナイト†】


 進路希望調査票には確かにそう書かれていた。


「ナイトか」

「……うん、ナイト」

「一つ聞きたいんだけどさ」

「んぅ……? あ、夜じゃないよ?」


 違うのだ、そういう話ではないのだ。 そう否定したい気持ちをグッと飲み込む。 何かで聞いた話だが、相談というのは正しい助言をしたらいいだけではなく、相手の気持ちを受け入れる必要があるらしい。


 俺は、少女に一言だけ言いたい気持ちを飲み込みながら、ゆっくりと尋ねる。


「騎士になりたいのか?」

「……騎士になりたいというか、騎士の上位職になりたい感じかな」

「 どういうことだ?」

「……キャリアアップって、やつかな」


 少女はしんどそうにそう言いながら、体をゆっくりと起こす。


 華奢で小さな体は可愛らしく見えるが、その心は騎士になるという夢で詰まっていると思ったら不思議な気分だ。 不思議すぎて泣きそうになるぐらいだ。


「なら、その上位職を書くんじゃないのか?」

「……ん、警視総監? になりたい人も進路希望には警察って、書く」


 なるほど、確かにその通りである。


「……最初は下っ端だから、そこから書かないと。

校長になって12000人斬りしたくても、希望調査には教師になって女生徒に手を出したいって、書くもの」

「希望調査に書いてたら全力で止めるわ」

「氷室せんせーなら、きっと応援してくれる」


 眼鏡を掛けた男の担任教師の顔を思い出す。


「まぁ、あの人はとりあえず応援しておけってノリがあるけど」

「ん……。 何にせよ、順序は大事。 宇宙人になりたいなら、地底人→海底人→宇宙人って過程を踏まないとダメだし」

「宇宙人は職業じゃねえよ」

「……ラジコンを作りたかったら、大根を用意しないとだよね」

「俺は不思議なポケットを持ってないぞ」

「……世界一になりたかったら、世界80000位ぐらいから一個ずつランクアップして……」

「寿命で死ぬ」

「……君は気難しいなぁ」


 少女はゆっくりと椅子にもたれかかり、椅子の上に足をあげて体育座りをし始める。 スカートの中身が見えるが、体操服か。


 いや、これはこれで少しだけ見れる太ももや体操服で隠されたラインが良いものである。


「この、ナイトの前後に付いてる十字架はなんなんだ?」

「ん、短剣符、あるいはダガーという記号。 かっこいい」

「そうか? んで、なんで付けてるんだ」

「……同じ名前が被らないように?」

「被ってもいいだろ、進路希望だぞ」

「……個性が欲しい」

「そもそもナイトって書いてる時点で個性の塊だからな」

「……やったぁ」

「もう少し喜べよ」


 そうは言っても、と少女はつまらなさそうな顔で進路希望調査票の紙を指で弄る。

 夕暮れの赤い光が照らして、紙には何も書いていないようにも見える。


「……誰かを守れる。 そんな人に……なりたいんだ」


 いい話っぽく少女は微笑むが、騙されるはずもなく、白いデコに指を押し当ててグリグリと捻る。


「い、痛い。 避けるほどじゃないけど、痛い。 やめてほしい」

「なら真面目に考えろよ」

「……真面目だよ。 僕は、本気で、†パラディン†を目指しているの」

「†ナイト†じゃないのか?」

「……あ、間違えた。 気を付けナイトね」

「……」

「……」


 今日一番腹が立ったかもしれない。

 立とうとした少女の肩を掴み、首を横に振る。 少女も首を横に振る。


「……ヒムロンのことだし、あと一日ぐらい待ってくれるよ」

「最初のあと一日待ってくれるから、もう一ヶ月経ったんだ」

「……僕らは常日頃から成長していく生き物だからね、待てる時間も常に伸びていくさ」

「さらっと氷室先生を「僕ら」で括ったな」


 眼鏡の先生の顔が脳裏に浮かび、ため息が漏れでる。


「……忍者の修行もね、成長していく若木を毎日飛び越え続けることによってちょっとずつ高く跳べるようになるんだよ?」

「提出物の期限はそんな年単位に悠長なものじゃねえから。 たけのこ並みの成長速度で迫ってくるから」

「僕はきのこ派だ」

「きのこだったら幾ら成長しても跳ぶまでもないだろ」

「まぁ、そんなところだよね」

「違うから提出を迫ってるんだけどな」


 少女はゆっくりと立ち上がりながら「まぁまぁ」と俺を止めるように手のひらを向ける。


「……出さなくても怒られない、策は寝ずに考えてきた」

「進路を考えてくれ」

「……朝昼晩しか」

「ずっと寝っぱなしじゃねえか」

「……真夜中はナイト育ててた」

「進路叶ってるな」

「……適性だと思う」

「頼むから働いてくれ」


 小さな白い手で、教科書が入っているとは思えないほど小さな鞄……というかポシェットの中の物を取り出す。

 長細いケースで、カラフルな可愛らしい色をしている。


 俺自身は世話になったことはないが、似たような物を見たことがあった。


「眼鏡ケース、というか眼鏡か」

「……氷室せんせー、眼鏡大好きだから、これかけて挑めば勝てる」

「人生舐めんな」


 とりあえず、幼馴染ということもあるので、一緒に謝るぐらいしてやるか。


◇◆◇◆◇◆◇


 気怠げな少女はずれた眼鏡をゆっくりと直しながら、結果を口にする。


「……いけた」


 いけた。

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