圭一③
「お洒落すぎて、緊張しちゃう」
「楽にしなよ。こっちまで緊張する」
「だって、こんな所初めてだから」
圭一に連れられて来たのは、高層ビルの最上階にあるレストランだ。そこは普段生活する中では決して訪れる事のない高貴で厳かな場所で、周りを見ても一クラスも二クラスも違うような落ち着いたセレブばかりに見えて、およそ昼食のランチが千円を超えようものなら候補から消去するような質素な一般人からすれば、場違いで空気を吸う事すら躊躇われるような場だった。
「たまにはこういう所にも来ないと。しょっちゅう来れるような場所じゃないし」
「でも嬉しい。ありがとう」
「楽しもう。実は俺も緊張してるんだけどな」
「なんだ。あんまりスマートだから慣れてるんだと思った」
「かなの前だからカッコつけてるだけだよ」
圭一の笑顔につられ、私の頬も自然と上がった。
『ちょっとおめかしして、気分の違う所に行ってみない?』
そう言うものだから、普段は着ないお洒落をした。その時点で気分は高鳴っていた。
『うん、すごく綺麗』
そういう彼の正装も、フォーマルな中にカジュアルもうまく溶け込ませたスマートな出で立ちだった。いつもと違う雰囲気の彼に少し胸がどきどきしていた。
緊張は徐々にほぐれていった。場所と空気は違うが、目の前にいる圭一は喋ればいつもと同じ優しさで私を包んで安心させてくれる。
幸せだ。彼と過ごせる時間が。そして私と時間を共有しようと思ってくれている彼の気持ちが幸せを増幅させてくれる。
運ばれてくる料理はどれも洒落ていて、手を付けるのを躊躇うオーラすら放っていた。
「おいしい」
そして口に運べば今まで味わったことない深さや美しさや、耽美に溢れた味わいが口の中に広がっていく。満腹とは違う意味で、お腹の中が満たされていく。なんて素敵な夜だ。
「ありがとう」
「ん?」
「こんな素敵な時間をくれて」
「それはこちらこそだよ」
私達は一味違う夜を満喫した。
これだけのフルコースを味わう事は、今後滅多にないだろう。でもまた、圭一とこの時間を過ごしたいと素直に思った。
「ねえ、ちょっとドライブに付き合ってよ」
「いいよ。どこに連れてってくれるの?」
「ベタな所にお連れする予定さ」
「楽しみにしてる」
店を出てから私達は彼の車に乗り、夜の街を走り出した。行く先は分からないが、どこでも良かった。彼と一緒に過ごせるのなら。
「着いたよ」
「ここって……」
車から降りて見えた景色は夜の海だった。だが唯の海ではない。そこには逸話というか、恋人達にとってはときめくような伝説がある。そんな場所だった
前を歩く圭一の後を着いていく。ゆったりとした足取りで海の方に近付いていく。静かなさざ波が夜を奏でる。瞬く星と三日月が彩る光景はロマンチックだ。
「かな」
圭一は足を止め、私の方を振り返った。私を呼ぶ声はひどく改まったものだった。
「何?」
私は何かを察知し、姿勢を正す。彼がこれから言おうとしている事は、おそらくとても大事なことだ。
「渡したいものがある」
圭一はすっとポケットに手を差し入れた。そこから出て来たものは、手のひらに収まるサイズの小箱のように見えた。
どくんと鼓動が一気に高まった。見た瞬間にそれがどういった類のものか分かった。
圭一は箱を開いて見せた。やはり。そこには、私の想像どおりのものが光っていた。
「そろそろ、ちゃんとした答えを出さないといけないと思っていた」
私だって分かっていた。
今日ここに連れて来られた時点で、彼が何を考えているか。何をしようとしているか。
答えを出さないといけない。それは私も同じだ。
将来の事を徐々に考えていかないといけない歳になってきている。
彼との関係が今の状態で並行に続いていくわけではない。その先の道を考えないといけない。
「一緒にいてほしい。これからもずっと」
指輪のダイヤが夜の中で光っていた。
彼の答え。真摯な答え。
この海で恋人に誓いを立てた者は共に幸せになれる。それがこの海にまつわる逸話だ。
いつからある話なのかは分からない。至る所にそういったスポットはある。その逸話が本当かどうかは分からない。でも少なくとも、彼がこの場所を選んで、私に想いを伝えてくれているという事。それが何より大事なことなのだ。それだけ想いは真剣なのだと
そうだ。私は彼のそんな真っ直ぐで、想いに溢れた所に惹かれたのだ。最初は違ったが、途中から彼の素敵さに、私の考えはだんだんと変わっていたのだ。
私が一緒にいるべきは、この人だと。
「私の方こそ、宜しくお願いします」
私も答えを出さないといけない。
「けいちゃん」
「何?」
「ずっと一緒にいてね」
私の答えを、完璧にしないといけない。