圭一②
「元気にしてる?」
華の金曜日なんて言葉を自分自身が使っている事に年月の流れを感じて感慨深く思いながら、そんな金曜日の仕事終わり、私は久しぶりに大学の部活の同期である美奈と会っていた。
社会人になってからも、度々美奈とは会って互いの近況報告をしている。べったりとした関係性ではないが、美奈は美奈で私の事を気にかけてくれていて、こうやって声をかけて一緒に時間を過ごしてくれる。私にとって大切な友人で、ありがたい存在だ。
「忙しいけど、まあまあかな」
「北原とも順調?」
「うん」
「そ。良かった」
初めの確認事項。大学から付き合い始めた彼との仲を、深入りまではしないが、美奈はいつでも案じ気にかけてくれている。
「美奈の方はどうなの? 成瀬君」
「うーん、ちょっとお互い倦怠期かも」
「嘘、大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だよ。嫌いって感情じゃないし。こういう時期は誰しもあるから」
美奈は昔からさばついていて、すっきりしたものの考え方をするタイプだ。
大きな問題にも焦らず冷静で取り乱す事はない。成瀬君との仲についても、本心では不安に思っている所もあるかもしれないが、そういった所は微塵も出さない。
きっと、本当にそのまま彼との仲が駄目になってしまったとしても、彼女は仕方ないの一言で済ませられるのだろう。
「人と人って難しいよね」
美奈のその一言が、思いの外二人の仲が深刻なものである事を匂わせていた。
けど、美奈はそれ以上何も言わなかった。
私だって、順風満帆に過ごせているわけではない。何もないなんて事はない。言い連ねれば、色々ある。あり過ぎるくらいだ。
男女の仲の難しさは私にもよく分かる。彼との生活について、不安を抱えているのは私も同じだ。
スマホがぶるっと震えた。取り出すと圭一からだった。
『疲れたから、先に寝るね。おやすみ』
私は短くおやすみとスタンプをつけて返信した。
「あいつ?」
「ん? う、うん。先に寝るって」
「早いね。じじいかよ」
「ほんと」
すっと私はスマホを鞄にしまった。
*
「お疲れ。またね」
「うん、またね」
美奈の顔はすっかり赤みを帯びて酔いが見た目にもまわっていた。それでも彼女は自分の愚痴をまき散らしたりしない。もっと言ってくれてもいいのにと思ったり、私の方からもっと手を差し伸べて、彼女の心にある本当の言葉を引き出してあげたいとも思う。
でも、美奈はそうしない。そしてもっと言えば、私がそれを引きだせたとしても、美奈を助けてあげられる自信はない。だから美奈の心にどうしても踏み込めない自分がいる。
美奈だけではなく、彼についても。
「ねえ、かな」
背を向け歩き出そうとした美奈が、くるりとこちらを向いた。
「ほんとに、大丈夫?」
一瞬、すっと心が冷えた。
どうしてそんな事を言うのだろう。唐突な言葉に私はすぐに言葉が出なかった。
「心配しすぎか。ごめん、大丈夫だよね」
そう言って、美奈はごまかすように頭をかいた。
「何かあったら、言うんだよ」
「……うん、ありがと」
美奈もね。
そう言えばいいのに。私はそう言わなかった。
「じゃあね」
そして今度こそ美奈は歩き去って行った。
美奈は心配してくれている。私はそれに甘えてきた。優しさに甘えるだけで、彼女にその優しさに報いた事はなかった。
それは、自分にその余裕がないからだろうか。
「何て言ったらいいか、分からないんだ」
遠ざかる美奈の背中に、私はぽつりと呟いた。