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佳苗②

「常坂?」

 

 セミロングの茶髪とあどけなさの残る幼い顔立ちが、俺の事を心配そうに見ていた。

 常坂佳苗ときさかかなえ。今俺は三回生だが、二回生の頃に途中入部してきたのが彼女だった。担当はキーボードだ。

だが俺の中での常坂についての情報はあまり充実していない。入部して以来そこまで彼女との絡みがない。好みのジャンルが違う事もあってか同じバンドを組む事もなく、また複数人で飲んだり遊んだりする時に同じ輪の中にいる事はあっても、じっくり話した事もない。

周囲の評価は人物、演奏ともに悪くない。彼女の事を悪く言う言葉を聞いた事もないし、確かにライブで演奏する姿は、派手さはないが楽しげでそつのないものだった。


「大丈夫? ふらふらだよ」

「あ、ああ。うん。まあ、大丈夫だよ」


 と言ってるそばから足はよろめき、壁にもたれかかってしまう。


「全然大丈夫じゃないよ。お水もらってこようか?」


 そう言って、彼女は店員のもとに行こうとしたので慌てて彼女を掴んで引き留める。


「いや、大丈夫。大丈夫だから。ちょっと外で涼めばマシになるよ」


 彼女は驚いた顔で俺を見つめていた。あ、とそこで自分が彼女の腕を強く掴んでいる事に気付いて慌てて手を離した。


「あ、ごめん。ちょっと頭冷やしてくるわ」


 腕を引っ込め、俺はその場を離れ入口から外に出ようと足を運んだ。


「危ないよ。一緒に行く」


 彼女は心配そうな顔をしたまま俺の後をついてきた。優しさをむげにするのも申し訳ないし、それにそういえば彼女とちゃんと話した事がないなと思い、これはいい機会だという気持ちもあったので付いてくる彼女を止めなかった。


 居酒屋を出ると、秋の少し肌寒く感じるようになった風が、酒で火照った身体にはちょうどよく心地良さをもたらしてくれた。


「ふう」


 壁に寄りかかりその場に座り込む。視界はぐらつくが少しこうしていれば楽になるだろう。


「あれ?」


 ふと周りを見た時に、さっきまで真後ろを歩いていたはずの佳苗の姿がない。どこへ行ってしまったんだろうと思っていると、すぐ傍にあったコンビニからすっと彼女が出てきた。そしてこちらに駆け寄ってきて、俺の隣にちょこんと座った。


「はい、これ」


 手渡してきたのは500mlの水の入ったペットボトルだった。


「ありがとう。悪いな」


 彼女から水を受け取り、さっそく水を流し込んだ。冷たい水が身体の中ではしゃぎ回るアルコールを分解してくれるようにすっと馴染んでいく。


「今日、カッコ良かったよ」

「え?」

「ライブ。初めて見た時より、ずっと上手くなっててびっくりした」

「お、おお。そうか。ありがとう」


 嬉しさの前に、驚きの方が勝った。佳苗とはほとんど喋った事はないし、自分の演奏の事について耳にした事もない。こんな事を思ってくれていたのだという事と、何より俺の演奏をちゃんと見てくれていたという事に驚きを隠せなかった。


「どうしたの?」


 驚いた顔があまりにも面に出ていたのだろう。佳苗が不思議そうな顔でこちらを眺めていた。

 

「いや、まさかそんなちゃんと見てくれてたとは知らなかったから」

「実は北原君のベース結構好きなんだ。音とか弾き方とか。初めて見た時からいいなーって」

「本当か? 嬉しいな。何で今まで言ってくれなかったの?」

「だって、話す機会なかったし」


 佳苗はそこで少し照れくさそうに顔をそむけた。


「そうだよな。こうやって二人で話す事なかったもんな」

「うん。初めてだよね」

「なんか勝手に、音楽の趣味とかも全然違うだろうし、自分とはグループの違う人間なのかなって思ってた」

「私、結構ロックなのも聞くんだよ」


 そう言って佳苗はいくつかのバンド名をつらつらと並べ立てた。それは俺が好きなバンドはもちろん、佳苗の口からは想像もしなかった、彼女がコピーバンドとして演奏していたものとは真逆に位置するジャンルで俺は更に驚かされた。


「なんだよ。それならもっと早く喋れば良かった」


 本音だった。自分の好きな物を共有できる感覚というのは掛け値なしに嬉しいものだ。しかもそれが、まさかこの人物がなんて意外性のあるものだと余計にテンションがあがる。

こんな大人しそうな佳苗の口から激しいロックバンドの名前が出た事に、俺は気分が高鳴った。


「話しかけようと思ったんだけど、なんかどうにも機会なくて。でも、今日のライブ見て、今日は話しかけようって決めてたんだ」


 そういう彼女の頬が少し紅くなっているような気がした。でも考えれば、今日は打ち上げだ。彼女だって酒を飲んでいるだろうし、全く酔っていないとも言えない。人見知りだと言うのに積極的に話しかけてくれた事を考えると、わざと酒を煽って話しかけに来てくれたのかもしれない。


「ありがとう。俺も常坂と喋れて嬉しいよ」


 さらりと口に出た本心は、よく考えれば少しこっぱずかしいものだったがその時は酔いのせいか何も思わなかった。

 彼女は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。


「かなでいいよ。同回生なんだから」

 

 その日が初めて佳苗とちゃんと話をした日で、佳苗を意識しだした瞬間だった。


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