佳苗①
「お疲れー!」
和室の大人数の居酒屋の一室。部長の盛大な掛け声とともに、皆が自分の手元のグラスを持ち上げ突き合わせた。きん、と威勢のいい金属音があちこちで鳴り響き、一口飲んでからの一瞬の静けさの後、割れんばかりの拍手が宴会会場を包んだ。
今日は軽音楽部の定期ライブの打ち上げだった。ステージ上ではクールに、はたまた熱くパフォーマンスをして見せた面々と、観客席で盛り上がっていた面々は分け隔てなくアルコールを煽り、理性を吹き飛ばしバカ騒ぎに明け暮れていく。我が軽音楽部の打ち上げのいつものパターンは、おそらく今日も崩れる事はないだろう。早速一気飲みでエンジンを全開にしていく輩が見える。
「あーあ。峰岸のやつ、弱いくせに酒好きだよなー」
隣に居た成瀬亮一が呆れ笑顔で俺に話しかけてくる。
「そして絡み酒という酒癖の悪さ」
「逃げ道を確保しておかねえとな」
俺は亮一と笑いながらグラスを傾けた。
「お疲れー」
そう言って佐伯美奈が俺と亮一の方に近付いてきた。俺達はお疲れの言葉と共に彼女ともグラスを合わせる。
「カッコ良かったよー。北原も成瀬も、どんどんうまくなってくね」
溌剌とした笑顔で喋りかけてくる美奈の顔は既に赤く、序盤から飛ばし気味に酒を入れた事が窺える。
「ありがとう。相当練習したもんな」
それをきっかけに俺達の周りにいた部員達が、美奈と同じように称賛の言葉をかけてくれた。
俺と亮一は出演者側だった。コピーバンドだったが、今流行りで演奏技術を要するものだけにメンバー全員が苦戦しながらも練習を重ね曲を仕上げていった。
定期的に行われる部活でのライブは誰もが出られるわけではない。審査制度によって、出演したいものがまずエントリーをし、行う予定の一曲を録音し音源を提出する。その上で上位バンドだけが出演出来るというシステムをとっている。
今回俺達は二位という順位で審査を受かり、トリの一個前に演奏を行った。ライブが終わり振り返ってみると反省点はあるが、努力の成果は出せたと思う。ちなみに俺がベースで、亮一はギター担当だ。
酒も入っていき、周りからの暖かく嬉しい言葉の乱打に俺は浮かれ、上機嫌になっていった。気付けば柄にもなく自分がいかに頑張って来たかという事を口走りながら悦に浸っていた。
――ああ、駄目だ。調子乗ってるな俺。
酔いが回り視界がぐらつきながらも意識は保っていた。そして冷静な思考が働いた途端、胃に気持ち悪さが込み上げてきた。
「わ、わりい。ちょっとトイレ……」
俺はふらつきながら立ち上がり、よろよろとトイレの方へと向かった。
個室に入り込むと、すぐさまえづき胃の中を綺麗にしていった。
「あぁぁ」
ある程度すっきりした所でトイレから出たものの、いまだ気持ち悪さは抜けなかった。胃から逆流する際の苦痛が身体の内部から体力を奪っていき、俺はすっかり疲弊していた。
「あ、北原君」
「ん?」
揺らぎつつある意識の中で、目の前で声がした。声の方を見ると、そこには一人の女の子が立っていた。
――確か、この子は……。