9.釣られた女
「ふぇっ!?や、やら、らにこれぇ……」
え!?なに!?と、取れない!?やだ、うそ、どうなってるの?
え?え?何、何!?ひ、引っ張られてる!?ちょっ、痛っ!
「いだだだだだいはい!いはい!いはい!」
こ、これは、海面に引っ張られてるの?ちょっ、強い強い!歯が折れちゃうって!
そのまま、痛みで何も抵抗できないまま海面まで釣り上げられてしまった。
「ぷはぁっ、いひゃい、いひゃいひゃめて!無理あって!」
海面に出てきても、まだ奥歯が引っ張られてる。痛い痛いと必死に喚いていると、引っ張っていた誰かがそれに気づいてくれたらしい。引っ張る力が弱まった。
「おおっ!?親分ー、見てくだせぇ。人魚が釣れましたぜー!」
「はぁ……はぁ……」
どうにか一息ついて見回してみると、そこには一隻の船があった。
さっきのやつほど大きくはない。けど、甲板までは見上げるほどの高さがあるわ。
冷静に考えると、さっきの人は魚釣りをしていて、私は釣られてしまったという訳なのかな。
「おーし、甲板に掬い上げるぞぉ。」
上から声が聞こえてきたかと思うと、大きな網が私の体の下に挿し込まれて、私は甲板まで持ち上げられた。これなら痛くないわ。
甲板に着いた私は、横座りの姿勢で、その人たちに向き合った。
「おー、確かに人魚だなぁ。しかもまた、随分と上玉じゃあねえか。」
偉そうな人間の男の人が、周りの人に向かって言った。私は周りを人間の男に囲まれていた。
さっきの、本を思い出すと、ちょっと怖いけど、勇気をもって話しかけてみよう。
「あ、あのー、奥歯に針ふぁははまってしまっへ。とっへもらへませんか?」
そういって、口を開けて奥歯を指さした。
「なるほどのぉ。ちょっと待っとれ。」
あ、この声は、さっき私を釣った人かな。
その人は、私の口の中に手を突っ込んだ。
「あぐっ……あぅぅ……ぅ、ぅぐ……」
口の奥に手を突っ込まれてえずいてしまうけど、我慢してその人に任せた。
やがて、ちょっとの痛みを伴った小気味いい感覚と共に、奥歯の針が取れた。
「おーし、取れたぞ。」
ふぅ、よかった。ちょっと血が出たけど。これで口の中がすっきりしたわ。
「ありがとうございます、助かりましたぁ。」
なんだ、人間の男の人って、怖いのかと思ったら、案外いい人じゃない。
「のう、嬢ちゃん。」
「はい?」
その人は、急に声のトーンを落として。
「あんた、まさか、このまま帰れるとは思っちゃあいねえよな……?」