5.憧憬
それにしても、船の上までしっかり浸水しちゃって。
一応物はあったよ?けど、剣や鎧は錆びてるし、食器は割れてるし、本はドロドロだし。
あ、これ、人間の服かな?ボロボロだし、腐って着れそうにないけど。
私たちの服なんて海藻を体に巻き付けるか、凝ったものでもせいぜい貝殻を繊維で繋いだ胸当てとか、一番工夫された物でもサメの皮を使った鎧とか。鎧は着心地悪いけど。そもそも、運動したり戦ったりしないひとは大抵みんな素っ裸だ。
かくいう私も、以前拾った比較的きれいな布を胸に巻いて押さえて、腰にも布を巻いて銛を挿したり袋を付けられるようにしただけだし。
休憩に腰の袋に入れていた、おばちゃんに分けてもらったイクラを食べながら、ため息をつく。ため息は泡になって消えた。
昔、集落の近くで、海面の岩に登って日向ぼっこをしていた時、岩に何かが流れ着いているのを見つけた。どうやら人間の荷物らしい。
水をはじく素材でできたカバンを開けてみると、中には人間の道具の他にも、何冊かの本が入っていた。
幸いにも、私たちと同じ文字を使っていた。多少違うところもあるけど、問題なく類推できる範囲。
私は夢中になって読んだ。暗くなって字が見えなくなるまで。そして、次の日もまた、読み終わるまでご飯と睡眠以外はぶっ通しで読んだ。日向ぼっこ用の岩で読むから、一時期全身が日焼けして、白い肌がカレイのような色になったくらいに熱中した。
船に乗って、海を駆け、宝を探す海賊たちの冒険譚。迷宮に潜り、魔物を打倒し、財宝を手にする冒険者の物語。世界を脅かす魔王との戦いに挑む勇者たちの英雄譚。
そのどれもが私の胸を躍らせた。
それまで、静かな海の底で生きてきた私にとって、好奇心がうずくような冒険や、血がたぎるような戦いはとても新鮮だった。
そして、その日から、私は冒険家になることを志したのだ。
始めは、ちょっと遠くの海藻の森に行ってみたり、流れ着いたものを拾ったりしたくらいだった。
最近は、洞窟の中で魔物と戦ったりしていたけれど。お宝さがしが出来そうなところなんて、なかったからね。そういう意味では、結構期待してたんだけどなぁ。