世界よ、これがUDONだ
四国の朝は早い。
朝4時、全住民がうどんを狩り、食べる。
うどんというのは白い蛇のような生き物である。
四国以外の地方でも一部にうどんは見られるが、アレは既に遺骸と化した産物であることはご存知であろう。
なにしろ動いていない。新鮮な蕎麦が蠢くのと同じで、本来ならばうどんはうねりくねる生き物である。全国に拡散した外来種の拉麺を想像されるかもしれないが、どちらかといえばパスタのほう(もっとも、日本では野生はもちろん生きたパスタはほぼ見れない)が近い。パスタのように飛び跳ねる訳ではないが。
四国ではいたるところにうどんが生息しているのが見られる。
川などに見られるのが主要種であり、水生生物と誤認されがちだが、正確には両生類に分類され、他地方では見られない陸生のうどん種も存在する。
最近では真夏に焼け付くコンクリートを這いずり回る姿が都市部で散見される。空飛ぶうどんは異常種なのでほぼ見られない。恐らくは突然変異であろう。
体長は長いものでは92.15kmに達し、切った先からうねうねと暴れまわりながらのたうち回る。太さには差異があるものの、管状の中心に器官部が集中しており、生態は未解明な部分も多い。
そもそも何故か四国にしか生息しているのがいないのか不明である。
時折激しく身体を地面に打ちつけるのが特徴的で、養殖の成功例は存在しない。当然ペットにするのは(人の手が入ると極端に短命であり)難しい。およそ15分くらいで体表がふやけ、そのまま死に至る。
食すにはそのまま踊り食いが最も美味である。
口に含むと、弾力のあるコシとのどをうねるうどんの感触が素晴らしい。
ただ、中には胃の中でうねり続けるうどんも存在するため、しっかり噛み切って食した方が良いだろう。蕎麦と違い時間的制約があるとはいえ比較的生命力が高く、胃液中でも暫く生きている場合がある。
余談ではあるが、中には他地域出身者には噛み切れないうどん種も存在する。四国民の歯は岩をも噛み砕くのは承知の通りであるが、幼少にして石で作ったパンや瓦でできた煎餅を副食とする四国の知恵と歴史がそうしたうどんを食べるためであったのは明らかであろう。挑戦するならば先ずは石を噛み砕くところから始めると良い。
ここまで長々と述べてきたが、現地の実際の映像で生きたうどんの姿を確認して頂こう。
※※※
実際、事前知識にはあったが現物を前にすると非常に新鮮というか…衝撃的だった。
「兄ちゃん運がいいねぇ!こんな活きの良いうどんはそうそう無いよ?」
そう言うのは2mはあろうかという両刃の麺切包丁を構えるうどん職人である。
職人歴38年。食べるだけなら自分の歯でもなどと言っていた彼だったが、目の前のうどんが現れるやいなや本気になったらしい。
体長20mはあるだろうか。目の前のうどんは。
草むらから飛び出すと、“立ち上がった”。
「とんでもねぇ、大物だ…」
まだ朝日が少し差してきたくらいの時間である。
うどんの活動時間は朝5時から夕方の4時くらいまで。
夜にはほぼ見かけることはなく、巣に戻るそうだ。
今日も事前準備も考えて朝4時に職人と出発し、軽い取材の気持ちだった私が見たのは。
やはり現場は違う。
こんな…バケモノ食材に出会うなんて。
職人は一息吐くと、そのまま一歩踏み出す。
見事な横一閃。
瞬きも出来ない神速の一太刀。
そこには躊躇いも驕りもない。経験に裏打ちされた強者の一撃。
「…む?………コイツはッ!?」
だが、うどんの動きもまた見えなかった。
四国に来るまで見たのはツユに大人しく浸かる哀れな姿だけ。
だが、コイツは違う!
ビタァーン!!
物凄い勢いで地面に身体を打ちつけうねるうどん。
次々と飛ぶ職人の斬撃をその度地面を揺らして避ける。
「記者さん、下がれ!」
言うまでもなく逃げる私。
カメラは回していたが、これは恐怖でしか無かった。
うどんは危険生物ではない。
恐らく私も1mくらいまでのうどんなら微笑ましく狩る姿を撮影していただろうが、あまりにもコイツは巨大すぎた。
表情は無いが、何か途轍もないオーラを纏っているようだった。
「加勢するぞ!」
「切り裂けェ!オレの出刃ぁ!」
こちらの様子に気づいた四国民が何人も走ってくる。
職人のような歴戦の勇士ではないが、地元で鍛え上げられた精鋭ともいえる人々である。
職人もそれに勇気づけられたのか更に剣速が上がる。
「わしが動きを止める、その間にやるんじゃあ!」
「めんつゆは任せて!」
「今日はカレーの気分なんだやめてくれぇ!」
「イカ天と鶏天とオニギリはこの手に」
後衛と前衛に別れて、慣れた様子で仕留めにかかる。
こうして100m離れた私も若干の安堵を感じていたのだが。
ふにっ。
実際には擬音すらない。正確無比に身体を切り裂くはずだった職人の刃は、そのうどんの表皮を貫きこそすれ。
「コイツ…コシが…」
ビタァーン!!
跳ね返しざまにそのまま再び地面に身体を打ちつける。
「コシが上がってやがる!!」
隙を狙って近所の子供たちがうどんに飛びかかると、鍛えた自慢の歯を突き立てるが、笑顔だった表情は一瞬で驚きに染まる。
「なにほれぜんぜんかみきれにゃい」
「ほくもふり」
「やふぁいこれやふぁいふらいかかい」
流石に打ちつけ動作が入る前に素早く退避する子供たち。
大人も個人携行の包丁や、親鳥、雛鳥を手に斬りつけるが普段の断ち切る感触がないか或いは空を切るだけ。
ポンジュースや塩けんぴでスタミナを回復してはいるが、各々の疲れも全て拭い去れるものではない。
職人を含め、その場の人々にはやや焦りの表情が見え隠れし始める。幾つかの攻撃が当たりはするものの、やはり決定打にはなっていない。
「…仕方無い、助太刀致そう」
「な…あなたがたは…!!」
そこに現れたのはお遍路さんである。
数々の遍路道を回り、うどんを食して来た彼らは別名“うどん通”。
どうやら邪魔にならないように様子を見ていてくれたらしい。
「1400kmの遍路に比べればなに、短いもんじゃないか」
「わたしの遍路歴は53年です」
目に見えて周囲に希望が広がった。
これでうどんが食べられそうだ、と。
「アンタの店上手いけど少しコシが物足りないってのが良くわかっただろ」
「…恐縮です」
「あとつゆが変わったけど前の方がいいと思う」
辛辣な評価だが、職人も実感しているようだ。
きっと彼の店はこれからもっと美味しくなる。そんな予感がした。
あとは目の前のうどんを倒せば。
「…すいません」
「ん、どうなさった」
私もお遍路さんの横に駆け寄って一言謝罪する。
「外様ですが自分も戦わせてください。このまま見てるだけなんて…できません」
「ははは、うどんを食べるのに外様も身内もあるかね。ぜひ、堪能してくれ、いや、すべきだ」
その言葉に涙が出そうになる。
気がつけばこの場の全員が並び立っていた。
「セルフだからちゃんと順番守ってな?」
「トッピングは無料だけどメインはうどんだって忘れないでね」
それぞれにお盆が行き渡る。
「よし、準備はいいか?」
職人の一声。
飛び出す人々。
「うおおおおおおおおおお!」
ただ、うどんを食べるために。
なお噛み切れず飲み込んだ模様
※うどんは飲み物