ヴォルツワイグの火竜
今から4時間前のこと。
神様はまた図書館に行くといって、朝早くに出ていってしまった。
神様って勤勉家なんだなあとリースは思った。
ニナに案内してもらって鍛冶屋の元を訪れた。
「鍛冶職人のロプトルじゃ。ニナの紹介じゃ。特別料金にしてやろう。
お嬢ちゃん、どんな剣が欲しいんじゃ?」
ロプトルは白くなったふさふさの髭に手を当てる。
「で、伝説の剣を」
口からポロッと本音が出たが、ゲーム開始早々そんなものが手に入るわけがない。
ロブトルはリースの頭頂から足先まで見ていう。
「……冷やかしかの?」
身につけている鋼鉄の剣と鉄の鎧からいきなり伝説の剣は確かにおかしい。
「い、いや、で、伝説でなくても伝説的にすごい剣でもいいんですけど」
「まあ、こう見えても腕に覚えはある。
相手が誰であれ、必要なものと金さえあれば、ワシに造れる最高のモノを造ってやるが」
「本当ですか? じゃあ……」
「だがな、かなり貴重な素材が必要になるぞ。火竜の牙を取ってきてくれないかね」
「火竜の牙ですか? それはどうやったら手に入るんですか?」
「このカザンの街の東にあるヴォルツワイグの山の頂に龍が住んでおる。
そいつの牙をもいでくるのじゃ」
その帰り道。
とりあえず、火竜の牙が売られていないのかニナに聞いてみる。
「ないない。あり得ませんよ。
図書館の本で見たことがあるくらいです。
街に大きなお屋敷があってですね、そこに化石になった火竜の骨が飾られているそうですよ。
お金持ちの貴族を呼んで化石とか古代の遺物を眺めながらパーティーするそうです。
私みたいな商人とは別世界の話ですね。
とにかく、火竜の牙って、それくらいレアなものなんです」
「じゃあ市場には流れないのね。
もしかすると火竜の牙を手に入れても、貴族に売っちゃうのかも。
さっそく狩りに行ってみようかなと思う」
「あの、火竜ってすごい強いって話ですよ? 一人で行くんですか?」
「ニナ、ついてきてくれるの?」
「い、いえいえいえいえ。私は仕事がありますから!」
ニナはぶんぶん首を横に振る。
「あ、クエストを申請して、プロのハンターを雇うのはどうです?」
「クエスト?」
「私なんかはもちろん申請したことないんで、役所に行って窓口さんに聞いてみてください」
街に戻ると、ニナは仕事があるということで、ご武運を! と言って行ってしまった。
リースは、何はなくともまずは装備を一新しようと思った。
役所はそれから。
相手が火竜なのだから、水属性がベストだ。
100イェンだった鋼鉄の剣から、450イェンの水守の剣を購入して街を出た。
水守の剣は火属性のモンスターに対して通常よりも倍のダメージを与えられる。
鎧は、火に強い400イェンの水霊の鎧に変えた。
その代わり、鋼鉄の剣と鉄の鎧は不要なので売り払った。
所持金は、699998961イェンになった。
クエスト依頼を出しに街の中央にある役所の門を叩いた。
攻略人数は20人の小隊規模に設定。
依頼料、一人の報酬に付き5万イェン(換算すると100万円)。
後払いで完遂できなかったら、契約不成立。
装備を売るときに店の人に教えてもらった火竜の牙の売値は50万イェン(=1000万円)するらしい。
結果、依頼主が火竜の牙を手に入れることを成功条件として、
クエスト依頼料は20人で100万イェン(=2000万円)となった。
日本だったら家建っちゃうよ!? と自分で設定した金額なのに驚いてしまう。
牙ごときでとてつもない額である。
さすが伝説級。
だが7億イェン近いお金があるので、100万イェンごとき、なんということはない。
とにかく、自分にできることはこうやってお金にものを言わせることだけなのだ。
なぜか、昔、社会の教科書で見た札束に火を灯して、明かりを取っている写真を思い出した。
次の日、さっそく、クエスト参加希望者の猛者たちが集まった。
お金で釣ったので、どんなのが来るのか不安だったが、猛者揃いだ。
しかし寄せ集めなのでまとまりはない。
「とりあえず行こうか」
リースはみんなと簡単に挨拶を交わすと、集まったうちの一人がそう言った。
アルベールという名でリーダー役を買って出た男である。
20人の猛者たちと共にヴォルツワイグ山を登っていく。
ちなみに、神様は興味なさそうに、「図書館で調べ物の続きをする」といってついてこなかった。
相変わらず、何をしているのか分からない神様である。
山道は全く整備されていなく、ゴツゴツとした大岩がごろごろしており、登るだけで体力を消耗していく。
湧き水のようにぼこぼこと熱湯が湧いている。
ハンマーを肩に担いで闊歩するマルコ。
ボウガンを構えて周囲を警戒するマシュー。
「火竜狩りなんて初めてだぜ。
カーティスは経験あるのか?」
魔法使いのエドワードが、顔だけ犬なカーティスに聞く。
「いいや、初めてだ。だが地竜の相手ならしたことはある。
俺の牙で、尻尾をちぎってやった」
「へえ、そりゃすごい。
けど、火竜は火球を吐いてくるから血がづくのは至難の業だぜ」
「この人数なら、堅い守りと攻撃力のある奴が火竜の注意を引いて、ヒーラーは回復に専念、その隙に魔法使いは詠唱の長い最大級の魔法攻撃を順次打ち出すってセオリーでいけるだろう」
「だが、この山には火竜が多く生息している。
まず、一匹だけのはぐれ火竜を見つけないとな」
「ついでにまだ成長しきっていない幼生の火竜なんかいるのいいんだが」
「そりゃ無理だ、幼生には親の火竜がつきものだ。
それに子育て中は凶暴だぜ」
「みんな止まってくれ! そろそろ火竜の巣だ」
20人の猛者を取りまとめるリーダー役であるアルベールがグングニルをかかげる。
あのグングニルも伝説級の槍だ。
黙ってついてきたリースはこの人に任せておけば大丈夫だろうと思った。
みんなの装備している武器や防具はどれも、カザンの街で売っていたものと違い、高レベルのものだ。
「依頼人のリースさんは、後ろで構えていてくれ。
依頼人が死んでしまったら元も子もないからな。
自分の身だけきっちり守ってくれ」
「あ、はい」
この世界では、離れすぎるとパーティとして認識されなくなるらしい。
ぎりぎりで隠れていよう。
アルベールが皆に作戦を説明する。
「よし、作戦どおり、展開しろ!」
「おう!」
大岩を越えると一気に暑くなる。
日の光と違う、火の熱さ。
ところどころ溶岩のようにドロドロだ。
赤い鱗の巨大な火竜が食事の真っ最中だった。
食べているのは恐らく馬だ。
ボウガンや銃を装備する5人が、左右の崖を登り谷にいる火竜の頭上のポジションを取る。
6人の魔法使い達は射程ギリギリで詠唱を唱える。
大型の盾や堅い鎧、素早さを武器にする5人が火竜を地上に留める役だ。
残りがヒーラーとしてひたすらHPとMPを魔法やアイテムで回復し続ける。
リースから見て、一撃でキルされない限り、この布陣で負けることはない。
アルベールがグングニルをかかげて火竜に向かって走る。
顔が犬のカーティスや大斧のフレッド、ハンマーのマルコ、大きな盾と鎧に見を包んだロックウェルがあとに続く。
「とにかく火竜の鱗を剥げ。
どこでもいい、一箇所に攻撃を集めろ!」
火竜がアルベールたちに気づく。
翼をバッサバッサと羽ばたかせ、飛び立とうとする。
羽ばたかせる度に、強い風がアルベールたちを襲う。
崖の上でボウガンや銃を構えるジーノたちも火竜が飛ぼうとするのに気づく。
「飛ばせるな、翼に風穴を開けてやれ!」
ジーノが放った矢を皮切りに、矢や銃弾が火竜に飛ぶ。
それぞれの矢や弾には水や氷の属性が付与されている。
硬い鱗に覆われた体を狙ってもダメージを与えられないが、翼にならある程度の効果がある。
それに羽ばたこうとするのを邪魔できる。
アルベールのグングニルが火竜の胸を穿つ。
ブレッドの大斧が全く同じ場所を狙い撃つ。
火竜が顔を2人に向ける。
大きく口を開く。
鋭い牙が覗く。
口から炎が生まれる。
火属性に耐性のあるロックウェルが前に出る。
火竜の炎をロックウェルの盾が伏せる。
ロックウェルが受けたダメージをヒーラーの回復魔法で打ち消す。
そこに、後ろで詠唱していた魔法使いたちの作り出した太い氷の槍が十数本、飛んでいく。
半分は火竜の熱で溶けてしまうが、その分だけ火竜の周りを包む熱が下がる。
そのせいで、あとから飛んだ残り半分の氷の槍が火竜を襲う。
リースは大岩に隠れて顔を半分出して遠巻きにその様子を見ていた。
「すごーい」
これは自分なんか出る幕はない。
というか、出ていったら死ぬ。
火竜はすでに翼には小さな風穴が開き、胸の鱗が剥がれ、だいぶダメージを喰らっていた。
カーティスが火竜の前脚に噛み付き押さえ込む。
火竜は体力の限界が近いらしくほとんど動けない。
「よし、頃合いだ。
倒しきれないが、牙を取ることはできる! やるぞ!」
そう言ったアルベールが火竜の口元の牙をグングニルで穿つ。
そこをマルコがハンマーでぶっ叩き、最後にブレッドが大斧を叩き込んだ。
牙がポッキリと折れる。
「よっしゃあ!」
ブレッドが雄叫びのように叫ぶと、皆から歓声が湧き起こる。
アルベールは火竜の牙を拾うと、
「回復アイテムももう少ない! 撤退だ!」
「やった! 伝説ゲット!」とリースも喜ぶ。
その夜、リースたちは街の酒屋で祝杯をあげた。