神様はまた世界に悲観した
昼下がり、カナス村から伸びる穏やかな道を二頭の馬が征く。
その道は、カザンと呼ばれる都市に繋がっている。
馬に乗っているのは明るいブラウンの髪を携えた美少女だ。
背中には、2メートルはある両手剣。
乗っている馬は村の駅で借りたものである。
その隣には、手綱を握りローブを着込んだ少女と、古代ローマ人のような布を体に巻きつけた男。
傍から見ればなんとも珍妙な組み合わせだ。
もちろん、美少女の方はリースで、手綱を握るのは神様に助けられた少女である。
名前はニナといい、職業は商人だと言った。
その後ろの男はこの世界の神様らしい。
「神様のお手を煩わせません」
といって、ニナが手綱を握っているのだ。
なぜか、神様はリースとともについて来たのだった。
リースにとって神様がついてくることは予想外の自体だった。
そもそも神様がついてくるってどういうことだ?
ニナは神様がリースについていくと言ったとき、驚くよりも「言い伝えのとおりです!」と喜んだ。
そしてニナはカザンへの道案内を引き受けたのだ。
でも実は神様がついていく理由は全く別である。
その昔、神様が神父だった頃、神の存在を疑ったことが発端だ。
そのせいで、他の色々なことにも疑い深くなっていたため、見知らぬ少女のことなど、もちろん信じなかった。
もしかすると、王から秘宝を取り返したとき後、それを持って身を隠すかもしれない、と疑惑にかられたのである。
リースの心中は穏やかではない。
教会を訪れたところ、王に奪われた秘宝を取り返すというクエストを受け取ったと思ったら、なぜだか、そのクエストを出した神様が一緒に旅をすると言ってきた。
ヒキニートだったせいで、ソロプレイしようとしていたのに、この展開はありえない。
「神様相手に何を話せっていうの……」
リースは額に冷や汗を浮かべながら、隣の馬に乗る2人には聞こえない大きさでボヤいた。
この神様はほんとうにNPCなの? と疑問に思う。
ニナの方は商人だと言っていたのだけれど、NPC? プレイヤー?
といっても、普通のNPCならいざ知らず、ゲームの中の住人は皆、どうも生身の人間っぽい反応をするのだ。
おかげで、コミュ障のリースは何を話せばいいのか分からないのである。
「カザンという街へはあとどれくらい時間がかかるのだ?」
もちろんNPCではない神様が尋ねる。
話を振ってくれて助かったリースは、
「えーと、さっきの村からカザンまでだいたい1時間って駅の人が言っていましたよ」
「距離20キロほどと言っていたがそんなにかかるのだな」
ニナは、「馬ですから、仕方ないですよ」と応える。
駅というのは、馬貸しを商いとしている馬小屋のことである。
頭の中で時間を知りたいと念じてみると、空中に時間が浮かび上がる。
「20分くらい経ったので、あと40分くらいだと思いますよ」
このゲームの舞台は、中世ヨーロッパなのかなあ、とリースは考えていた。
一方、西暦4011年なのに、科学技術はどこまで退化したのだ? と神様は思った。
空中に文字が表示されたりする一方で、町並みは中世のそれだ。
昔みた映画でに、核兵器を用いた第三次世界大戦が起きてほとんどの文明が失われ、中世まで戻るという設定があったことを思い出す。
もしかすると、そうなのか? あながち有り得ないわけではない。
神様がこの旅人の少女についていこうと思ったのは、大きな街に行けば図書館で歴史を調べることができるのではないか、と考えたことも理由のひとつであった。
一方、そんな3人の500メートル先に5人組の野盗が待ち構えていた。
リースと神様に倒されたあの5人である。
「来たぞ。駅であいつらの会話を聞いて、馬を走らせた甲斐があったな」
5人組のリーダー格の男が続ける。
「距離50まで近づいたら弓で馬を狙って足を止めるぞ」
「さっきの借りは返してもらわないといけないっすね。それにあの女の鋼鉄の剣、結構な金を持ってるっすよ、あれ」
「ああ、間違いない。よし、弓を構えろ」
そんな5人組の50メートル手前までリースたちが迫った時、きらっと何かが光ったと思うと、リースの右をヒュンと矢が走った。
「弓矢!?」
「イヤ、また野盗なの?」
「リースさん、さっきの奴らだ」
神様は、呼び捨てにすることもできず、リースのことを「さん」付けで呼ぶことにしたのだ。
神様の言うように、通りを防ぐように5人組の野盗がいた。
そのうちの2人が弓を構えている。
2本の矢が放たれた。
リースは馬の腹を蹴り、前に出ると背中の両手剣を抜き、体に命中しそうな1本を撃ち落とす。
馬を乗ること自体、初めてなので馬の上から剣を振るうのは不利と判断して、リースは馬から降りる。
神になってしまった男は、教会で野盗に向けて光を放ったときの要領で右手を突き出してみたが、何も出てこなかった。
それどころか、光を打ち出そうとすると、どうも体が重く感じてられた。
いわゆる精神力切れとかMP切れとかである。
「!?!? どうしてでないんだ? いや、そもそもあの時の光はなんだったんだ!?」
神の男は、散々焦った。
教会では少女をかばうような真似をしたくせに、
「リースさん、よろしく」と言って、一人、馬から降りて逃げるように道横の林の木の幹に身を隠した。
残されたニナも素早く手綱を引いて木の影に隠れる。
「最近、この付近を縄張りにしている奴らです。商人の間でも噂になっていて。
お願いです、リースさん。倒しちゃってください!」
リースは端から一人で戦うつもりだったので、両手剣を構えて野盗との距離を徐々に縮める。
矢が放たれる度に撃ち落とす。
野盗たちは、この距離から矢を放っても撃ち落とされると分かると、別の2人が懐から杖を取り出した。
「イン イス ヴォーク」
短く呪文を唱えると、氷の矢が出来上がる。
「何!?」
それを見たニナが叫ぶ。
「気をつけてください。魔法です!」
「魔法!?」
やっぱり、この世界には魔法はあったんだ。
ファンタジーの世界にないわけがないのだが、今まで見たことがなかったから感動した。
綺麗な宝石を前にした少女のような表情を浮かべて感動していたリースに向かって、氷の矢が飛ぶ。
「っと、感動している場合じゃない。やッ」
うまくいくのか分からないが、両手剣で氷の矢を叩き切るように振るう。
ガンと音を立てて氷の矢が砕けた。
「やった。うまくいった」
「ウソだろ、まだガキなのに、なんで魔法を切れるんだよ!」
「俺が知るか!」
「とにかく撃て撃て撃て!」
幾度も飛んでくる氷の矢を叩き落としながら、ダッシュで5人組に近づく。
杖を持っていた男の間合いに入ると、鋼鉄の両手剣を横に薙ぐ。
腹をぱっくりと切り裂く一撃だ。
「ぎゃあああ」
男はその場に倒れて、血溜まりを作る。
土と血が混ざった黒い血溜まりだ。
モンスターでもグロいのにさらにグロいのだが、リースは必死だったので気にならなかった。
残り4人だ。
杖を構えるもう一人は、平突きにして腹に突き刺した。
引き抜くと血しぶきがほとばしる。
残り3人。
「くそおおおお」
ナタを振り上げるが、リースの両手剣は2メートルもある。
リーチが違いすぎて、ナタがリースに届くわけもない。
ナタで防いでも遠心力を活かした攻撃は重い。
ナタを吹き飛ばされて3人とも地面に倒れた。
それを見ていた神は怯え、恐怖し、そして悲観した。
「さ、殺人!? あああ、この時代でも人は呆気なく死ぬ。
やはり神はこの世にいないのだ……!!!」
誰にも聞こえない大きさの声で神様はブツブツと呟いた。