神を呪ったら神になっていた
目覚めて最初に見たものは十字架だった。
「んん、どういうことだ……おかしいな。私は確か病院で冷凍保存の施術を受けていたはずなのに」
いや、待てよ。
「そうか、ここは未来か。冷凍保存から目覚めた記憶がない……いや、たしか天使のような笑顔の看護師さんが言っていたな。目覚めたあとは、しばらく記憶が混乱するって。今はいつなんだ?」
目の前に数字が出てきた。
4011/5/30
な、なんだ、この数字は? 空中に文字が浮いている。手を数字を払おうとしたが、手は空を切るだけだ。記憶を探ってみると、なんとかグラスという空中にバーチャルを描き出す技術を開発中だということを思い出した。
そうか、この数字が日付だとすると今は西暦4011年。こういう技術が実現し、身近なものになっているのか。
辺りを見渡し、十字架を見上げた。ここは教会なのか?
「ははは、4000年経ってもまだ、あの神は信仰の対象か」
見慣れたものと若干、デザインが異なるが間違いないだろう。
そこで気づいた。自分の服装は見慣れないものだったのだ。古代ローマ人が着ていたような布を体に巻きつけただけの簡素なものだ。
「なんでこんなものを着ているのだ?」
色々考えを巡らせていると、目の前にウィンドウが出てきた。
名前:神
性別:男
職業:神
へ?
ぎぃぃと背後で音がした。
「ん?」
「た、助けて!」
胸の辺りがはだけた女の子が扉から飛び込んでくる。
「ど、どうしたんだ?」
「ああ、どうか助けて。や、野盗に襲われて」
野盗? 日本はいつの間にそんなに物騒になったんだ?
「と、とにかくこれを」
近くにあった布をかけてあげる。
バァン。
女の子が入ってきた扉が壊れそうなくらい勢いよく開く。
「へへ、ここにいたのか」
汚らしい格好の髭を無造作に生やした男たちが入ってくる。4人組だ。よく切れそうなナタをかかげる。
「ああ、なんだ、てめえ」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょ。何、この状況!?
「ま、待て!」
女の子を左腕に抱き、慌てて右手を突き出す。
「く、来るんじゃない!」
そうしたら、右手が光った。それはもうすごい勢いで光った。そして、光の弾が野盗に向かって飛んでいったかと思うと、爆発して男たちが教会の外に吹き飛んだ。
左腕に抱いていた少女が突然、跳ねるように私の足元に跪く。
「ど、どうした?」
両手を組み、私を見上げる。
「詠唱なしで発動された今の御光、魔法とは異なる奇跡の光……神様は本当にいたのですね。信仰を忘れていた私をどうかお許しください」
「詠唱なし? 忘れていた? ど、どういうことかな?」
「人の身では詠唱なくして奇跡は起こせません。それにたとえ詠唱してもそれは奇跡の模倣、単なる魔法に過ぎません。さきほどの御光はまさしく奇跡そのもの」
「なるほど。では信仰を忘れていたというのは?」
「は、はい。どうか、どうかお許しください。世界を統べる秘宝が神様の手から奪われ、王の手に移ってから、王は世界を統べる力を得てしましました。そして、異端刈りと称して神様への信仰を民から奪ったのです。仕方がなかったのです。そうしなければ、命はありませんでした」
「そんなことがあったのか……」
ん? 私の知っている神に、そんなもの秘宝なんてあったかな。振り返り、背にした十字架を見上げる。確かに私の知る十字架とはデザインが異なる。別の宗教なのか?
「それで、その秘宝というのはどういうものなのかな?」
「へ?」
「あ、いや。なんでもない」
さっきのウィンドウの名前と職業は神だったけれど、そうなのか? 私が神? それなら、神が神の秘宝を知らないなんておかしい。
「ッ」
少女が顔をしかめると、腕を押さえた。そこは打撲でアザができ青黒くなっていた。
「怪我をしていたのか。見せてみるんだ」
腕を取り、左手を当てると、その手が眩く光った。驚いて左手を離すと、少女の腕からアザが消えていた。
「おお、神様、神様」
神の奇跡を前にして少女はひれ伏し、何度も頭を下げた。
なんの因果か、神を呪った私はこの世界で神になったらしい。……まだ、あまり信じてはいない。