ログアウト不可と異世界生活の始まり
『あなたはログアウトできません』
「なんでログアウトできねーんだよーーー!」
村の安宿で俺はそう叫んでいた。なんだか自分の声とは思えないくらい高い声だった。
「なぜだ!? 考えろ、俺! 理系だろ!」
これでも元は理系出だ。論理的に結論をはじき出してやる。
意識すると名前や装備、アイテム欄などが現れる。これはどう考えてもゲームだ。そもそもログアウトというボタンが出てくる。でも押しても、『あなたはログアウトできません』という無情な音声。
だが、これは裏を返せば、俺以外はログアウトできるということか?
…………。
「だめじゃねえかよ!」
バシンと腐りかけの木製の机を叩いた。
「あ、そうか」
ちょっと冷静になってみると、簡単なことだ。
「これバグだ。プログラマーがミスったんだ、きっと。じゃあ、待っていればいつかログアウトできるな」
トントンとドアをノックする音がした。びくっと体が跳ねる。
騒ぎすぎたかな?
「は、はい。開いてますよ?」
かちゃっとドアが開く。50代くらいの宿のおばさんだった。
「リース様、お風呂の用意ができましたのでどうぞ」
「あ、はいはい。ありがとう」
なんだ、脅かすなよ。相手がノンプレーヤーキャラならコミュ症もなにも関係ない。下に降り、脱衣所に入る。まだ、誰もいない。そもそも他に宿に泊まっている人がいるのかも分からないが。
「それにしても髪長いなあ」
後ろの髪が腰ほどまで伸びている。前髪も目にかかっていて邪魔くさい。現実世界の俺は無造作に伸びる髪を自分でジョキジョキ切っていたから、こんなに長くないのだ。髪質もゴワゴワではなく、さらさらでツヤツヤだ。黒でなく、茶髪だし。紐で髪を後ろに結ぶ。ここでは不思議と体も軽い。メタボリックな体ではないせいだろう。でも肩が凝る。胸あたりがなんだか重い。装備欄を出し、防具の『ボロい服』を取り外した。
「え!!!」
なぜか、俺に胸がある。その下は……。
「ご、ごめんなさい!」
自分の体に謝って、『ボロい服』をつけ直す。
え、なに? どういうこと? 混乱する中、よく考えろ、理系だろ!
と自分に言い聞かせる。そうか、記憶はないけど女性キャラを選択したんだ。そういえば、リースっていうのも女っぽい名前だよな。そう考えると、「よくやった、自分!」と自分を褒めたくなる。意気揚々と防具を外し、まじまじと自分の体を見た後、風呂のドアを開けた。
「へー。サウナか」
汗を流した後、宿のおばさんに聞いてみると、
「この辺りは火山が近いんですよ。地中から出てくる蒸気で蒸気風呂にしてるんです」
ほう。蒸気風呂というのか。なんだか一日疲れたので、部屋に戻ってボロいベッドに寝そべった。
「もっといい宿に泊まりたいなあ」
でも始めたばかりじゃお金もないし。所持金を意識すると、699999998イェンと出てきた。
「へ?」
そういえば、有り金も確認せずにこの宿代に泊まった。疲れていてあまり考えていなく、単に表に出ていた看板にあった値段が2イェンと他より安かったからだ。えーと、いくらだ。
ざっと、7億イェン! これはすごい!
そういえば、芋虫を倒したときに『絹の元』を手に入れたな、と思い出した。あれはいくらで売れるだろう。いや、7億イェンもあればどうでもいいか。
でもなんでこんなにあるんだ? 7億……頭の片隅になにかが引っかかる……。
お腹がぐーっとなった。
「腹減った……」
考えてみると、何も食べていない。大失敗だ……こんなに金があるなら、夕食付きの宿に泊まれば良かった……。7億円を見た瞬間に眠気は飛んでしまったが、空腹は消えない。ベッドから起き上がって窓の外を見てみるが、真っ暗で明かりもない。
もうどこも開いてないか。寝よう……。
***
朝になった。コケコーと鶏(?)の鳴き声で目が覚めた。
「腹減った」
……いや、今、この世界では俺は女なんだ。口調を変えよう。
「お腹すいた……」
なんか可哀想な娘みたいだ。口調はこんな風でいいのだろうか。それにしても自分の年齢がわからない。体は隅々まで見たから、自分がそんなに年いってないのは分かる。だが、肝心の顔が分からない。
「あ、そうだ」
思いついて、旅人の剣を抜く。よく磨かれた金属製の剣だから、鏡代わりにちょうどいい。剣に写る自分の顔を見ると、かわいい女の子がいた。
「顔、ちいさっ!」
自分の容姿にびっくりした。
***
宿を出て朝食を買いに行く。昨夜は暗くてよく分からなかったが、ここはそんなに大きい村ではないようだ。でも出店がたくさん出ていて賑わっている。
「そこのかわいい嬢ちゃん、ポテイトあるよー」
? あ、俺のことか。
出店のおじさんが丸いものを串で突き刺して見せるように持ち上げる。
ポテイト? ポテト……ジャガイモ?
なんでもいいから腹を満たしたい。
「いくら?」
「10チェンだよ」
10イェン?
宿代の5倍だと!? ジャガイモのくせに高いな。し、しかたない……。いや、金はたくさんあるんだ。
「えーと、一個、ちょうだい」
こんな口調でいいのか? よくわからん。メニュー画面を表示して、10イェンに設定する。
「お嬢ちゃん、これじゃ多いよ」
「え?」
「はいよ」
「あ、はい。ありがとう……?」
所持金が699999997.9イェンになっていた。
あ、チェンって聞き間違いじゃなくて、イェンの下の単位なんだ。宿代の20分の1の価格。
待てよ。
この世界の宿代が2イェン。現実世界でホテル代が5千円なら、1イェンは2500円相当。10チェンは250円。つまり蒸かしたジャガイモ一個が250円。
ふむ。確かに現実世界でもそんなものか。
「おじさん、他になにかあります?」
「ボールパンもあるよ」
ボールパンってなんだよ?
差し出したのを見ると、ただの丸いパンだ。値段は15チェン。現実世界の価格に直すと375円。
待てよ、俺。
1イェンが2500円。じゃあ、7億イェンは?
頭の中で計算してみる……1兆7千5百億円相当!! これは、俺の時代が来た!!!
飛び上がりそうになるのをどうにかがまんする。
「あー、えーっと。ボールパンひとつとポテイトあと2つ」
ケチらず、リッチにいこう。
「はいよ」
ホクホクのジャガイモにかじりつくと、濃厚なバター風味になっていた。醤油バター味のポテチ好きだったんだよなー。パンは濃厚なクリーム味だった。
…………食べ過ぎて気持ち悪い……。
工房とか防具屋とかはあるのだろうかと探し歩くと、村はずれに武器屋と防具屋が並んでいるのを見つけた。
『ボロい服』よりもっとマシなものはないかと、防具屋に入る。
「いらっしゃーい」
「どうもー」
店番のおばちゃんに挨拶を交わし、防具リストを見る。
ボロい服:1イェン(2500円)
普通の服:2イェン(5000円)
銅の鎧:10イェン(2万5千円)
鉄の鎧:50イェン(12万5千円)
と書いてある。値段だけ確認して、次に隣の武器屋で武器リストを確認する。
旅人の剣:20イェン(5万円)
鋼鉄の剣:100イェン(25万円)
あ、はい。安い安い。
普通の服と鉄の鎧と鋼鉄の剣を購入し、さっそくアイテム欄を操作して着用する。鉄製なのにあまり重さを感じない。ゲームだからか。
旅人の剣と着ていたボロい服は売却した。
旅人の剣の売値は2イェン。
ボロい服の売値は10チェン。
「これ、売れます?」
『絹の元』を見せる。
「それだと1チェンだね。5個集めて工房に持っていけば絹を造れるよ。絹を10個集めれば絹の服になるから、高値で1イェン売れるよ」
ほう……って50個も絹の元を集めるの? 疲れる。無理。ていうかお金たくさんある。金持ちヒキニート舐めるなよ。
結局、所持金は699999849.65イェンになった。
防具屋を出て、村を歩く。素朴な疑問が浮かんだ。そういえば、このゲームの目的ってなに? 魔王を倒して伝説の勇者になるとか?
考えながらぶらぶらする。一際でかい家の前を通り過ぎる。
「おお、あなた様はもしや転生者様では!?」
「?」
テンセイシャ?
振り返ると、でかい家の門の前に、これまで見てきた村人より身なりのしっかりした爺さんがいた。驚いたような顔をしている。
「わたしになにか?」
「失礼ながら、あなた様はもしやご自分がどこに行けばよいかわからずにいるのではないでしょうか」
まさにその通り。そうか、ストーリーが進行しているんだ。
「ええ。どこに向かえばわからず困っております」
「そうでしょうな。そうでしょうな。転生者様は皆、そうなのです。村を出ると川があり、そこに橋がかかっております。そこを渡ると教会がありますので、そちらに行かれるとよいでしょう。ああ、神様。この出会いに感謝します」
なんだ、あんたが教えてくれるんじゃないのか。
「そうなのですか、分かりました。ありがとうございます」
「村の外ではモンスターが出ますのでお気をつけください」
身なりのいい爺さんに別れを告げて村を出た。そういえば、爺さんの言っていたテンセイシャってなんだ? 何かの職業なのだろうか。視界の右端の文字に目を向けても、
名前:リース
Lv.:2
職業:旅人
職業は旅人だ。テンセイシャなんてどこにもない。あ、レベルがあがってる。きっと、昨日、芋虫を倒したからだ。