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近未来世界で起きたちょっとした事故 〜1人目の転生〜


「それでは施術の内容をもう一度ご説明致します」


 白衣の看護師さんは手元の資料に視線を落とす。


「まず、細胞を壊さないように体を瞬間凍結させます。脳へのダメージが生じる可能性はほぼありません」


 俺は今から自分を冷凍保存する施術を受けるのだ。保存した体は、指定した時代に解凍され、そこで目覚める。


 そう、俺はこの時代に生きる人間ではないのだ!


 有名な理系の大学を卒業して大手企業に就職したまでは良かったが、会社でちょっと人間関係がトラブって、対人恐怖症になってしまい、気がつけば10年間も引きこもり生活を送っていた。しかし、運がいいことに半年前、7億円が転がり込んできた。ネット通販の費用の足しに親の財布を漁っていたら、○ト○ックスのクジ券が入っていたから拝借したのだが、なんと当たっていた。


 丸々と太った体に鞭打って、10年振りに外に出た。クジ券を現金にしなければならない。現金にした後は、追手(親)から逃れるためにホテルで寝泊まりしていた。しかし、お金はあってもコミュ症では、人生を謳歌できない。


 そこで閃いたのだ、未来へ行こう! と。


 今の現実世界は、コミュ症であふれている。だから未来では、現実世界など捨てて、バーチャルの世界で生きているひとがたくさんいるはずだ。今だって俺のようにそういう世界を求められている人は大勢いるのに、残念ながら技術がその要望に追いついていないだけなのさ。


 看護師は説明を続ける。


「ですが、1万件に1件という確率で脳や体へのダメージが生じることがわかっています」


 この間もその説明はされたし、ニュースでもたまに見る事故だ。


「金成様はオプションとして『脳情報の保存』と『クローンの保存』も選ばれておりますので、このご説明の後、脳内スキャンとDNAの取得を行ないます」


 脳情報を保存しておけば、脳へのダメージが起きたときに脳組織の復元を行った後に、保存した情報を転写して、回復することができる。万が一、肉体に深刻なダメージが生じても、DNAからクローン体を形成し、脳情報を移し替えれば、元に戻れる。


 冷凍保存が4億円、オプションがそれぞれ1億円ずつだが、十分足りた。残りの1億円は未来で遊んで暮らすための軍資金に取っておく。


「それでは施術を始めます。お部屋を移動しますので、こちらへどうぞ」


 看護師さんについていく。施術室につくと、白くて薄い着衣が渡される。それに着替えると、次は歯医者さんにあるような椅子に座るよう促された。背もたれが倒れ、寝かされる。バリカンで頭の毛を刈り取られ、丸坊主にさせられる。濡れた布巾で頭をキュッと音をたてて磨かれたかと思うと、次にぺたぺたと電極が貼り付けられる。


「お口を開いて下さい」


 言われるままに口を開くと、何かを口の中に突っ込まれる。

 男の医者がやってきた。


「金成利守(としもり)さんですね。それでは、これから脳のスキャンを行ないます。まずは今貼った電極で、脳の表面の情報を読み取ります。口に入れたものは、声を出すとノイズになってしまうためです。苦しいですが、がまんしてくださいね。脳の表面の情報を取得した後は、X線を使い、より深い部分の情報を読み取ります」


 声を出せないので、首を縦に動かして頷く。


「それでは目を閉じてくださいね~」


 看護師さんのいうとおり、目を閉じた。


「それでは始めます。電気が流れますので、少しぴりぴりしますががまんしてください」


 かちっと装置のスイッチが入る音がする。


「ん」


 医者のいったとおり確かに頭に貼られた電極あたりがぴりぴりする。次第に刺激が強くなる。


「んん”!」


 びりびりびりびり。


 これ、結構、痛い……。


 ばちんばちん。


「ん”ん”ーーー」


 イダいイダいイダい!


 意志と無関係に体が跳ねる。


「ドクター、患者の様子がおかしいです!」


「まずい! また故障か!? まったくいつもこうだ。電源を切るんだ!」


「き、切れません!」


「仕方ない、コンセントを抜くぞ」


 肉の焼けたジューシーな香りが鼻いっぱいに広がった。


 ああ、肉食べたい……。


「やっと、止まったか。この患者はもうダメだな。確か家族がいたな。調べられるとまずい。いつもどおり、DNAを取って急速培養器でクローン体を作ろう。なに、見分けはつかないさ」


「任せてください。手慣れたもんですよ」


 医者と看護師さんがなにか言っているけれど、そんなことより肉食べたい……な。




***




 ぱち。


 目が覚めた。


「こ、ここは……」


 真っ赤に燃える夕日の空だ。カラス……とは少し違うゴツい鳥が夕焼けの中を、ギャーギャーと鳴きながら飛んでいく。

 立ち上がりまわりを見渡す。


 草原? 見慣れた都会の近未来的な風景ではない。


「そうか。ここは未来か?」


 うーむ。記憶が曖昧だ。未来にいくために施術を受けた。もしや、ここは未来のバーチャルワールドの中?

 右斜めに何か浮いている。透けた緑色。


 そこに文字が書いてある。


「なになに。名前:リース」


 リース?


 利……とし……音読みで『リ』


 守……もり……音読みで『シュまたはス』


 ああ、もじった訳ね。我ながら安直だ。


 名前の横には、『Lv. 1』。


 あ、やっぱりこれバーチャルだ。没入型のゲームだ、さすが未来。つまり、今まさにゲームを開始したところってわけだ。


 キキッ、キキッ、キキッ


 何かの鳴き声。


「お、モンスターか?」


 夕日が赤く染める草原を見渡す。人の頭くらいの太さのでかい芋虫がいた。


「きもっ」


 えーと、武器は……。


 装備を確認する。


 武器:旅人の剣

 防具:ボロい服


 左腰に吊るした剣を引き抜く。西洋風の両手剣だ。元の丸々と太った体ではこんな重そうな剣を持てないはずだが、軽々と持ち上がる。高校時代に体育の授業で習った剣道の要領で、中段に構える。

 芋虫が頭を持ち上げる。


「こわっ!」


 口から白い糸を吐き出す。それを右に避け、芋虫の背面を取る。芋虫の首を落とすイメージで、剣を水平に走らせる。


 スパッと芋虫の首が切れてポリゴンに変化し消え……ない!


 ぶしゅあああああっと緑色の血を吹き出し、残った胴体をぴくぴく動かしている。


「おえええええ」


 俺はその横で吐いた。キモすぎる。このゲームの製作者、趣味悪すぎるだろっっ!


 急いで、その場を離脱する。ちゃらんと機械音がして、なんだ? と意識してみると、アイテム欄が出てきた。白い糸みたいなものがあり、その横に『絹の元』という文字が書いてある。


 売るといくらだ? それとも工房とかに持っていけば服になったりするのか?


 でもとりあえず、


「村を探すか」


 もう夕日が沈みかけている。意識してもセーブ画面が出てこない。ログアウトを意識しても、


『あなたはログアウトできません』


 と無情な機械音。


 ま、よくある村の宿でないとダメってやつでしょ。


 俺はこの時、そんな風に安直に考えていた。

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