スパイス4
男は静かな圧し殺したような声で言った。
「静かに、決して音を立てないで。私は君たちを助けに来た。」
僕達がその台詞を聞いたとき、どんなにこの男が輝いて見えたことか。
男は早口で簡潔に話をした。
今から15分後に見張りが交代する時間が1分だけあること。
その隙をついて走って逃げること。
朝までは気づかれないようにするが保証は出来ない。出来るだけ遠くまで走る必要があること。
それらを話したあと、男は周辺の地図を僕にわたした。
「君が他の人たちを連れて逃げるんだ、良いね?」
僕は自分が指名されたことに驚いたが、小さくそして力強く頷いた。
「あと10分程度で決行だ。各々心の準備をしておいてくれ。それから君には1つ頼みがある。」
男はそう言うと僕の目を真剣な目付きで見つめた。
何だろう、この男から並々ならぬ覚悟を感じる。
「私はもしこの行為がバレれば無事では済まない。恐らく今の軍の状況ならば、反逆罪として処刑されるだろう。」
「だから、もし私に何かあったら私の家族を助けて欲しい。父親を無くした家族は必ずこれから先苦労する。この戦争は恐らく君たちの国が勝つだろう。そしたらますます私の家族は厳しい現実を突きつけられる。」
「だからこれは取引だ。君たちを助ける変わりに私の家族を助けてくれ。実をいうと、私は病気でどっちみちもう長くはない。だから、私にはもう家族を困難から守ることが出来ない。これは君が、必ず約束を果たす男だと信じての取引だ。どうする?」
ぼくはその問いに、この男の全てを見た気がした。
そうか、この男にとって戦争なんてどうでも良かったのか。この男にとっては家族を守れればそれで良い。
その為なら敵の命を救って自分を犠牲にしようとも。
勿論、この男の元々の人の良さ、それも無ければ僕達を助けるなんて考えには行かなかっただろう。
僕は初めてこの男に対して、真剣な眼差しで力強くこう言った。
「任せてくれ、必ず君の家族を守り抜く」
男はその言葉を聞くと、ニコリと笑った。
笑った後に涙を流し、そのまま口を開いた
「ありがとう。どうか生き延びてくれ。」
僕は男から家族の写真や住所、家族に信じてもらえるために直筆の家族への手紙を受け取った。
そして、最後に男は手をさしのべ言った。
「最後になるが、私の名前は園原。園原真二だ。よろしく頼む」
「僕の名前はディーン。ディーン・マイスだ。救われるこの命の恩に報いるためにも、必ずご家族を守り抜くよ。」
僕は園原さんの手を固く握りそう答えた。
時間は無情にもそこで終わりを告げた。
もっと話がしたかったが、ここで全てを無駄にするわけにはいかない。
「そうだ、これを忘れるところだった。最後になるがいつぞやの礼をしてなかったからね。疲れたときにでも開いて食べてくれ。」
園原さんはそういって、僕達を牢から出したあと、一人一人に小さな包みを渡した。
「さぁ、行って!必ず生き延びて故郷に帰ってくれ」
それが男から聞いた最後の言葉だった。
それからの事はよく覚えていない。
予想外なほどにあっさりと僕たちは逃げ出すことが出来た。
途中小休憩を挟み、何気なく園原さんからもらった包みを開けた。 そこには、小さなおむすびが1つ入っていた。
僕たちは泣きながらそれを食べ、必ず生きて帰ろうとまた走り出した。