調理1
店の中は特に変わったことのない、普通の店だった。カウンターが8席にテーブルが二席。
一人でやっている分にはちょうどいいだろう。
店内は暖色で統一されており、まだ肌寒いこの季節にはありがたい雰囲気だ。
私は片方のテーブルで待つように言われたので、しばらく店内の様子を眺めていた。
これでも使ってと言われ手渡された膝掛けは、毛皮製で暖かくとてもフワフワしていた。
主人がつけていった暖炉によって徐々に店内が暖かくなってきた。
店内にはオルゴールの優しい音も流れ、気を緩めてはいけないはずなのに、心は落ち着き瞼が重くなってくる。
ダメだ、寝てはいけない。主人の許可なく寝てしまってはどんな罰が、、、
「桜、今日はお前の好きな唐揚げだよ」
「やったー!私ね卵焼きと唐揚げが大好き!特にお母さんの唐揚げが一番だーいすき!」
「ほら、テーブルの用意をしておくから、お父さんとお兄ちゃんを呼んできて。」
「分かったー!」
懐かしい夢を見た。出来るだけ見ないようにしてた、見たらきっと辛くなるから。そんな幸せな日々の夢を。
このままこの夢がずっと続けば良いのに。
だって本当はこのあと、、、
「さ 、 で た 」
「さく で き よ」
「さくらー!できたよー。あれ、寝てるのかな」
ハッとして目が覚めた。
最悪だ、これはどんな罰を受けることになるのか考えもつかない。
私は主人にすぐさま謝った。
頭を下げ、これで何が変わるわけでもないのは分かっているが、ただただ謝った。
私の予想とは裏腹に、主人はただ「いいよ疲れてたんだね」とだけ言って私の頭にポンと手を置いた。
これではまるで私の頭を撫でているようだ。
「起きたばかりだけど、食べれるかい? もう少し後にする」
そう主人は私に問いかけた。良かった、夕飯が無しにならずにすんだらしい。
「た、食べれます。お、お願いします」
急いでそう答えた私に主人はニコリと微笑み
「OK。今日は桜との初ディナーだからね。気合いを入れて作ったよ。」
そう言うと主人は一度厨房に行き、すぐに戻ってきた。
何やら大きな蓋の被さった皿を持って。
「さぁ蓋を取ってごらん?」
私は言われるがままに皿の上に被せられた皿を取った。
そこにあったのは、まるで夢のような、美しいとすら思う料理の数々だった。
私は戸惑いを隠せなかった。
こんな豪華な料理、見たのも初めてだ。
わたしがまだ幸せだったあの時ですら見たこともない。
これが本当に私の夕飯?
何かの間違いでは無いだろうか?
そんな風に私が考えていると。
「さ、冷めないうちに召し上がれ。」
と主人が声を出した。
これは私に言っているのだよな。
そうなら何かの間違いでも良い、今はこの目の前の料理を主人の気が変わらないうちに食べてしまおう。
私は小さく返事をすると、目の前の食事にもう一度目を通した。
大きなこの皿でまず目を引くのはなんと言っても中央にある大きな肉の塊だ
あれはかぶりつけと言うことなのだろうか?そう思っていると
「あぁこれはね、僕の得意料理だよ。ローストビーフって言うんだけど聞いたことあるかな? 横においてあるナイフで薄切りにカットしてごらん?」
ローストビーフ。何だか聞いたこともあるような。とにかく主人の言葉通りにナイフを肉に当ててみた。
ナイフを肉に当てる。それだけのことなのに私は驚いた。なぜならそれはナイフを肉に当てる、ただそれだけのことで肉にはくっきりと切れ込みが入ったからだ。
こうなると次はどうなのか、その興味が沸いてくる。ナイフをそのまま下に下ろす。さぁどうなるのだろう。
それは、良い意味で予想を裏切られた。ナイフを通した肉は、そのまま下にスルリと落ちていった。
そう、まるで水でも切っていたのではないかというような感触だった。
「切れたね、じゃあ後はこのマッシュポテトを肉に巻いて横に添えてある西洋ワサビを少しだけつけて召し上がれ」
もう、聞いただけでも美味しそうなこの食べ物をようやく口にする。
せっかくなので一口で一気にいこう。
口に入れた瞬間まず広がるのは圧倒的な肉の味だ。肉にほのかについているソースの味も肉を引き立てるためにとても良いアクセントになっている。
そして、中に入ったマッシュポテト。これもまた素晴らしい役割だ。
濃厚なバターの風味とジャガイモとミルクの甘味。それらを全体的に締めるような西洋ワサビの存在もまた大きい。
あぁ美味しい本当に美味しいなぁ。