調達
街に着き、馬を預けると男は慣れた足取りで街の中へと足を進めた。
逃げ出すことも可能かと思ったが、大人しく着いていくことにした。
私にそんな勇気なんて無い。
街を歩いていると、道行く人によく声を掛けられているようだった。
内容は大半が私のことについて聞いていることもあり興味から来るものだったようだが、何にせよこの街ではそこそこ顔が知れた人物なのだろうか。
よく見ると、声をかけてきた人たちの殆どが何らかの食料品を売っている商人であり、商売仲間というやつなのかもしれない。
意識して見てみると流石は美食の街というやつか、見たこともない食料品が多く売られている。
あれらを調理していくのがこの主人の仕事なのか、そんな事を考えていたとき。
「家に帰る前に少し寄りたい所があるのを忘れてたよ、帰る道すがらにある店だから少し寄ってもいいかな?」
もちろんここで、はい以外の答えなど私に存在しない。
しばらく歩いていると目的の場所に着いたようだ。着いたのはテント張りの小さな店だった。
しかしその小さな店には、恐らくはこの店の店主であろう、とてつもなく大きな体の髭もじゃの男がいた。
「よぉディーンじゃねぇか!最近はうちに顔出さねぇから廃業したのかと思っちまってたぞ。ん?そっちのお嬢ちゃんは?」
「いやぁ、すまない。少し遠征に出ててね。この子の名前は桜。遠い東の国出身でうちの新しい従業員だ。」
「新しい従業員とはえらく景気が良いじゃねえか!流石は天才料理人様だなぁ。その景気に俺もあやかりたいねぇ。俺はてっきり隠し子でもいたのかと思っちまったぜ」
「まだこんな歳の隠し子がいる年齢には来てないよ」
どうやら会話が盛り上がっているようだ。主人の顔に笑みが溢れていることから親密な関係なのだろうと言うことが伝わってくる。
この間にこの店の商品でも眺めておこう。
氷の入れられた篭の中には、鮮度の良さそうな魚や見たこともない貝が多く入ってる。
中でも目を引くのは中央にある、柔らかく適度にサシの入った牛肉だった。
こんな大きなお肉、一度でいいから食べてみたいなぁ。
「で、今日は何をお買い求めだ?いつも通り良いのが入ってるぞ」
「それは有難い。ただ、今日は僕じゃないんだ。桜!食べたいものを選んでいいよ。」
ふいに声を掛けられビクリとした。
これは奴隷として目利きの腕を確かめられてるのだろうか。
改めて商品を見渡してみる。この中から選ぶと言うが、どうしよう。
二人はただただ私を見ているだけだし。
ノロノロしては行けないな、ここは無難に鮮度の良さそうな魚にしておこう。
「さ、魚が良いと思います。」
私の返答に店主はポカーンとした様子だ。
何だろう、返事がおかしかっただろうか、魚がダメなのだろうか。
また失敗した、そんな風に考えていると。
「そうかい。じゃあその魚を貰おうかな。後はその牛肉もね。」
少し間があってから店主があいよと返事をし、店主に別れを告げて私たちは店を後にした。
「さぁ、後は店に帰るだけだよ。店の二階に住んでいるから、家に帰るって意味でもあるけどね」
そうか、店の二階に住んでいるのか。それは私がかつて幸せだったときと同じだ。
ダメだまたそんな事を思い出したら泣きたくなってくる。
考えないようにしよう。
そこからまたしばらく歩いていくと主人が一つの建物の前で立ち止まった。
大通りからは少し外れた場所に一つポツンと立っているその建物は、全体的にオレンジで統一さたレンガ造りの料理店だった。
「ここが僕の店だよ。店の名前はスリジエ。今日から君が過ごす所だよ」
「さ、色々と混乱しているみたいだし話をしたいところだけどまずは、お腹が減ったろう。さっき買ったもので夕飯を作るね」