私とオジサン
私もこのオジサンが好きです。
オジサンとの出会いはよく覚えていない。まあ、誰でも相当インパクトが無いと覚えてないもんだよね。そんな感じで、オジサンとの出会いはあまり印象がない。気がついたらそこにいたって感じ。ママやパパにも聞いたけど、やっぱり気づいたらそこにいたって感じらしい。うーん、不謹慎。
でも、昔はあんまり会えなかったんだって。それこそ、「月に一度? 」くらいなんだって。最近になって、ちょくちょく目にするようになったらしい。他の人は引退したりしたけど、オジサンはずっと残ってるんだって。頑張るなあ、オジサン。偉そうに言ってるけど、これ、全部パパの受け売り。えへへ。
「すっごいすっごぉい。何でも買えちゃうんだね」
「いや、何でもは無理だと思うよ。でも、大抵のことでは困らないかな?」
パパが私を諭すように言った。どうやらオジサンは、この世の中でめちゃくちゃパワーがあるらしい。入学式で必要なものを、苦もなく用意しちゃった。軽いオトコだと思ってたけど、やるじゃん。あっ! これはママの受け売りだよ。しかし、オジサンやるなあ。
「あれはね。魔力っていうのがあるの。それで、人生振り回されちゃう人もいるんだって。怖いね」
下校途中、友達のエリナちゃんが教えてくれた。いや、心外だよ。オジサンはそんな人じゃないよ。オジサンは吹けば飛んでいっちゃうような人なんだよ。どちらかというと振り回すよりされちゃうような人なのに。そっか! エリナちゃんはそういうことを知らないんだね。オジサンは火や水が嫌いな臆病者なんだよ。全然怖くないんだよ。今度、教えてあげよっと!
「こら、アミ。恥ずかしいだろ」
あらら、パパに怒られちゃった。久しぶりに叔母さんに会えたから、オジサンを見せただけなのに。パパめ、家族だけだとオジサンのことが一番大好きなのに、いつもこれだ。あっ! でも、オジサンを見た時の叔母さんの顔、ちょっと羨ましそうだったな。あれがエリナちゃんが前に言ってた「魔力」ってやつなのかな。モテるってよく分からないけど、オジサン、何故か下手なオジ様より人気あるんだよね。いつも、同じ服を着てるのに。
「ほら、アミ。もう行くぞ。早くしないと搭乗手続き間に合わないんだから!」
パパとママが駆け足でカウンターに向かいながら、私に言った。
「搭乗手続き間に合わなくなりそうなのは、ママがロビーで色々見てたからでしょ」
「いやー、だって、あのサービス中々良かったじゃん」
「だからって、一時間もいる? 他にも色々見て回れたのに」
「ほらほら、オーストラリアに着いたら色々見られるからな。急ぐ急ぐ。さっさと搭乗手続き済ますぞ」
私とママの止まりそうもない掛け合いを止めるように、パパが割って入った。確かに、オーストラリアに着いたら面白いものがいっぱいありそう。ママの方を見てみると、パパの言葉が効いたのか、出国手続きに必要なものを確認している。私も荷物の確認を始めた。
「あっ!」
「おっ」
「あら」
思わず声が出てしまった。オジサンだ。オジサンはいつもと同じ顔、同じ服装で私を見つめていた。いや、もしかしたら別のところを見ているのかもしれないが、これはこれで意外な出会いだ。私がオジサンと出会ってからだいたい五年が経っていた。日本からオーストラリアに引っ越すという心境も合わさってか、オジサンを見ていると感慨深くなる。まあ、オジサンは違うかもしれないけど。
「アミ、パパらはこれからオーストラリアに行くんだからな」
「うん、分かってる」
パパが諭すように話しかけてきた。そうだ、色々思うところはあるけど、オジサンとはここでお別れだ。私はオジサンをぎゅっと握りしめ、近くのロビーへ足を進めた。ロビーには両替と書かれていた。とても親切そうな男性が座っている。
「ご用ですか? なら、こちらにお願いします」
職員はにこりと笑った後、空のトレーをこちらへ差し出した。初めてのことなので勝手が掴めなかったが、職員が親切丁寧に教えてくれた。私は教えてもらった通りに手続きをし、最後に「オジサン」をトレーに置き、職員に差し出した。
「はい、一万円ですね。少々お待ちください」
いいや、違う。「オジサンは一万円なんて名前じゃないよ。福沢諭吉って名前がちゃんとあるの!」そう言いたかったが、グッと堪えた。職員は手慣れた様子で「オーストラリアですね」と確認すると、福沢諭吉を丁寧に奥へ引っ込め、代わりに幾つかの紙幣や硬貨を出してきた。硬貨には福沢諭吉ではなく、女性が描かれていた。今までのとどうしても比べてしまうが、これはこれでいい絵柄に見えた。
「オジサンみたいに好きになれるかなぁ」
私はそれまで福沢諭吉が入っていた財布に、紙幣と硬貨を入れた。硬貨もあるせいか、幾分重い。私は硬貨の重さを感じながら、そして、まだ見ぬオーストラリアに想いを馳せながら、最後にこう呟いた。
「バイバイ、福沢諭吉さん。日本に帰ってきたら、また会おうね」
もりやす たかと申します。残暑厳しい季節ですが、ご覧になっていただけますと幸いです。