弱者の発見
暗い部屋にいたその人物は、自室のパソコンの一台に一通のメールが来たことを確認する。
ベッドの上にいたその人物は、様々なものが山積した部屋の中を、それら雑多な物に手や足をぶつけながらデスクの上に置かれているそれに向かう。デスクの上に置かれていた三大のパソコン、その内一台を起動した。
メールを送信した人物の名義には[Akagishi]と記載されていることを見て、それが最近知人を通してオンラインで知り合った人物であることを確認する。
その人物の自室にはおよそ数台のコンピューターが設置されており、メールが送られてきたのは、その内インターネットに接続している機体だった。つまり、外部と繋がっている状態の、いざと言う時に切り捨てること前提としたパーソナルコンピューター。
電子メールには本文には[家納×。解析求]という簡潔な内容しか記されておらず、メールを受け取った当人は一瞬困惑するが、その電子メールに添付ファイルが付いていることを確認する。キーボードを操作し、ファイルを開いてみると、どうやら映像のファイルであることが画面上の表記で確認できた。どうやら、どこか外部の機器で撮った映像を圧縮して、パソコンに収めたものであるらしい。映像ファイルは開かず、そのファイルだけをコピーし、PC以外の機器に落としてから再生する。映像そのものを疑っている訳ではないが、一応の警戒としてそういった面倒を通してからファイルを起動する。
映像は全部で十数分ほどの、映像としては短く、データとしては少し大きいサイズのものだった。どうやら音声までは含まれていない。純粋な映像だけのもののようだ。
小型機器、旧世代型のゲーム機に映像を落としたその人物は、ゲーム機のメモリーを全て喰いかねないその映像を、『ビデオ』というこれまた旧世代的なセンスの映像分類にして、開く。
当時大画面を謳っていたゲーム機の液晶にファイルの中身が映し出される。それは一つの広大な部屋のようで、床はすべて大理石で作られている。映像はおよそ部屋の上から映されており、その映像が、監視カメラのようなもので撮られた映像であることを看破する。同時に、これがどういった映像なのかも看破した。監視カメラは問題があった映像しか保存されない。つまり、これは何らかの問題を映した映像、とみて間違いはないだろう。
「――でも、画面が一つかよ」思わず、つぶやく。監視カメラと言えば、複数の映像を出力し、できうる限り死角のないように多面的に設計、取り付けられるのが基本だ。それがこの映像では画面分割もされず、ただ一方からの出力しかされていない。完全に独立している視点にしかなっていない。入ってくる情報は、これではとても少ないと言える。
画面の下あたりに移っているのは、一人の男性だ。赤いソファーに腰掛け、ただエレベーターの扉を睨みつけている。
「ん、あれ。この人」その人物は、そこに移っていた人物が、以前に会ったことのある人物であることを認識する。確か名前は家納割率。前々に知人を通して紹介された。この映像になぜその人物が映っているのか、どうしてこの部分だけが映像として保存されているのか。送り主に問い質したいところではあるが、そこで映像に変化が現れた。
家納の睨んでいたエレベーターが動き始めたのだ。エレベーター移動の表示は、一階から二階、三階と順々にランプが点灯しては消えていく。そして十五階のランプが点灯したところでエレベーターはランプの表示を止め、その階の扉が引かれた。
「――えっ」そこで、その人物は声を上げる。開かれたエレベーターの中に乗っていたものは、人ではなく、黒い靄のようなものだったからだ。黒い靄はどうやら二つのようで、それぞれがエレベーターから大理石の床に降り、家納の方へ移動している。「なにこれ」
それは破損した映像のバグに似ている。もしくは、悪戯でつけられたモザイクの処理。もし、この黒い靄が人間で、その処理を映像に施したのだとすれば、これは。
その人物が考え事をしていると、その黒い靄の一つから、何か煙のようなものが辺り一面に広がった。それから数秒を待たずに何か小さな花火のようなものが、部屋の片隅から一斉に上がっている。やがて、その映像が数分続いた後、画面の像が歪んだ。その現象が、レンズなどに水が付着して像が捻じ曲がるものだということを認識した時、実際にこの映像を映しているカメラが水に覆われているということに気が付いた。たぶん、スプリンクラーだろう。
そうして歪んだ像のまま、ようやく煙が晴れて来、家納の姿が明確に映し出された時、彼は様子が変わっていた。腹部から血を流し、ぐったりとソファーに倒れ込んでいる。
撃たれたんだ、とその人物が思った時には、二つの靄が満身創痍の家納に近づいているところだった。そのまま、最後の事を終えたあたりで、映像は終わった。
「殺された?」自分たちのメンバーの一人が、何者かに殺害されたという事実を前に、少なからず驚きを見せる。しかしその人物が最も気がかりだったのは、その黒い靄が『誰か』ということだった。警察ではないことは確かだし、ここは第一日本国だ。「いや、まずいよな、これ」
危機そのものを明確に言語化できない実情が、その人物は自分でも分かっていた。
ファイルそのものをスキャンし、映像のデータに脅威がないことを確認してから、映像をPCに保存する。あとで加工してメンバーに送るためだ。
次にその人物が取り出したのは、スマートフォンだった。外装こそ市販のものと同じだが、その中身の80%は本人が手を加えたものだ。故に、市販のものとは性能が格段に落ちている部分が多くある。が、監視されないという点においては、市販の物よりもずっと安全性を高めた物だ。
機器の中に電話帳のシステムはなく、旧世代的に電話番号を入力しなくてはならないシステムだが、その人物は迷うことなく、十一ケタの数字を画面上に現れたボタンに打ち込んでいく。
発信し、しばらくの受信音が流れた地点で、繋がった。
「なんだ」
そこからは、人間の声ではないかのような音が聞こえてきた。
目的の人物に繋がったことを確認し、その人物は口を開く。
「米崎くん、あのさ」
自分の仲間、米崎稲峰に。