立花紫蘭
「もういいのか?」
「ああ、はい」コーヒーショップから伍波が出ると、外には、金崎がどこから買ってきたのか分からないドリンクを持ち、そのストローにマイペースに口をつけながら、まったく緊張の欠けた様子で伍波に手を振ってくる。「金崎さん、今日はオフでしたよね?」
「ああ、うん。お前もそうだったろ」
「ストーキングですか?」
金崎は、そこで嫌な顔をして、伍波に背を向けた。本当に、ただ様子を見にきただけであるらしい。まさか、黒句の行為を引き継ぐつもりなのだろうか。
伍波百花は結局人間には戻らなかった。黒句轆轤の意見としては、ここで人間に戻ってほしかったのだろうが、彼女はそれを選択しなかった。あくまで自分は立花紫蘭。人間の時のことを忘れた訳ではないが、それでも、彼女は『伍波百花』であることを決めた。
メンバーは一週に一日の休みがもらえるとのことで、萩原円居のことが気になって、試しに『降りて』みた、というのが、現在の伍波百花の現状だった。
「お前が殴り倒した女、まだ生きてるらしいぜ。病院で何ごともなく入院してるってよ」
金崎が思い出したかのように、伍波に向き直ってそう言う。伍波は、そうですか、と頷く。
「米崎一派は、どうしたんでしょう」
「まだ活動は続けているようだな。まあ、しかし日本警察に鎮圧されることが眼に見えてきた。いざこざはあるかもしれないが、そこは俺達の仕事じゃない」
言って、金崎はその場から歩いて行った。伍波は、金崎を追うことはせずに、目を空に向ける。そこに見えたのは、白を混ぜたような、一面の青だった。
――黒句轆轤さん。
私は、まだ人間には戻りません。
だからしばらく、立花紫蘭ではなく、伍波百花でいさせてください。
黒句轆轤を模倣する、一人の、馬鹿な殺人者に。
あなたの意思は、継ぎます。
私は、人を殺傷することは、しない。
いつか、それで、メンバーを抜けます。
それまで、殺人者でいることを許してください。
あなたと、同じ立場にいることを。
人間のための殺人者。
人を殺害する立場にいながら、その人間の命を、何よりも尊重する。
私は――。
「そんなあなたのことが、好きでした」
理由もなく。
論理もなく。
口に出してはみたものの、それは、何の重みもない、言葉だった。




