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extra etc. fetus-  作者: サイタマメーカ
残された少女達
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萩原円居

「――謝らないの?」そう、萩原円居は、目の前で朝食のパンを齧っている父親に尋ねる。

「謝る必要はない。そもそも、わたしは過失を起こしてはいないのだからな。失踪したテロリストに娘を人質にとられ、脅迫を受けて辞職したにすぎない。それに、職がなくなったことなら謝る必要はないはずだ。貯蓄は十二分にある。お前の学費は、今の高校から大学まで払ったとして、それで数十分の一の浪費にしかならない。何を、心配する必要がある」

 萩原円居は、強い力で父親を睨みつける。萩原海義は、それを視野に入れていないかのように、娘の視線から目を逸らしたままだ。

 萩原円居は、久しぶりに――いや、本当に小さな時以来になる――父親と余所のコーヒーショップでモーニングを食べていた。それを切り出したのは、父親である海義からだった。

「そうじゃなくて、さ」円居は、次第に苛立ち始める。「今までの、ことについて」

「さて、今まで私が、なにか一度でも問題を起こしたか? 議会でも体よく木偶だっただろう」

「ネグレクト。育児放棄をしてたじゃん。――それは、今でも」

「お前の年齢でネグレクトとは言わん。十六にもなって親を求めるな」

 そこで、円居は頭に急速に血が昇ったことを認識するが、口に出す前にある人物に気が付いた。コーヒーショップに入って来たのは、数日前に分かれたきりの、立花紫蘭だった。

「――あ」思わず声が出る。紫蘭はあの黒い外套を纏っていない。彼女はうろうろと席を探し、円居を一瞥して、円居と海義のすぐ近くの席に腰を下ろした。位置的には、円居から見え、海義からは見えない位置。つまりは、萩原海義が座っているすぐ後ろだった。

「どうした?」海義が、声を発した円居に尋ねる。円居は、それには答えず、父親のすぐ後ろにいる友人に、極力目を向けないよう努力した。その一点に目を向けてしまったら、父が紫蘭の存在に気付くかもしれない、と思ったからだ。「落ち着きがないのも、相変わらずか」

「父さん」本当に久しぶりに、その言葉を、円居は使った。まるで今まで机の下に落ちていた写真を見つけた時のように。「少し前に、行方不明になってた友達に、会ったよ」

「ほう」海義は、パンを齧りながら、円居の言葉に初めて積極的に耳を傾けた。

「その子、高校にも行かずに仕事してたみたい。自分には学校よりも大事なものがあるっていう風でさ。私がいくら言っても、説得できなかった。正直、理解できなかったけど」

 萩原海義は、ただその言葉を、黙って聞いている。否定も肯定も、しないようだった。

「でも、私は、その友達のことを、今でも友達だと思ってるよ。こんな奴だけど――テロリストの集団に入るような、ガキだけど、でも」

「やめろ」そこで、萩原海義は、訊くに堪えないと言うように、円居の話を遮った。「そんな

過去のことを聞くつもりはない。女々しい話をする為にここに来たんじゃない。過去は過去だ。いくら見返しても、それは過ぎ去った事柄でしかない」

 言葉を止められて、円居は本当にその先に何を言えばいいのかを見失った。

 海義の後ろから、幼さを残した眼が、そんな円居のことを凝視している。

 しばらくの沈黙。次に言葉を発したのは、円居だった。

「受け止めるよ。全部」萩原円居は、そう、父親に述べる。「テロリストの集団に関わったから、自分が今のこの場にいるってことも、芸能を今まで通りにできないことも、父さんが、議員を辞めざるを得なかったことも。全部、私のせいだ」

 海義は、またも肯定も否定もしなかった。

「馬鹿な、奴だったよ。ホントに」さぞ退屈そうに、海義は円居の話を聞いていた。「だから、その――ごめんなさい。謝罪でどうにもならないことだと思うけど」

 萩原海義は、ただ、目の前に置かれているコーヒーを啜った。

「もう一度言うようだが、私は謝る気はない」萩原海義は、それでも態度を崩さなかった。「だがお前の言う通り、今まで行ってきたことを変えざるを得ないだろう。高校も行き辛くなるだろうが、認めて通うしかない。芸能も今まで通りには行かず、いずれその舞台からも下されるだろうが、認めて続けるしかない。もっとも、それは、手段のほんの一部分だが」

 円居は、海義の顔に視線を向ける。彼の顔は相変わらずの無表情だったが、口元だけはほんのわずかに緩んでいた。そんな表情を見るのは、初めてだった。

「すべてから逃げたければ逃げろ。結果が分かっているなら、すぐに軌道を修正し、次の道に向かう行為は、優れた危機回避の能力でもある。高校を辞め、芸能を辞め。それでも『生きていけるようには』なっている社会だ」

 そんな言葉が、彼の口から出てくるのは、円居にとっては意外だった。

「まあ、しかし」海義はそこで表情をなくし、コーヒーを啜る。「木曜六時からの子供向けバラエティと土曜八時からのゲスト、そして週二日程度行っているモデルに関しては、今すぐにでも見切りをつけたほうが身のためだが」

「――ふっ、はは」円居は、笑う。父の発言が、おかしかった。「なんだよ、ちゃんと知ってんじゃん。父さん」


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