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extra etc. fetus-  作者: サイタマメーカ
対象、米崎稲峰。72時間
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少女達の戦争 1

 古木麦奈は自室にいた。あの少女、昨日局の前で一派を鎮圧した人物から米崎の死を告げられてから、既に二時間が経過しようとしている。

 あんな人間が、本当に死亡した、という実感が、未だに古木には掴めなかった。あれほど強い人間が、本当に死亡するものなのか。米崎稲峰は、間違いなく誰よりも強い人間だった。こんなにあっさり、古木の手の届かない位置で死亡するとは露ほども思わなかった。

 古木は、米崎の死亡を受けてから、ずっと自室の三台あるコンピュータの前に座り、絶えずそれぞれのキーボードを高速で叩いている。それはひとえに、古木が米崎の目的を引き継ぐという判断をしたからだった。米崎が死亡したならば、米崎一派も自然と消滅するだろう。そんな単純な物ではないかもしれないが、それでも今までより自足の難しい立場に置かれるはずだ。

 だから、古木麦奈はこのとき、米崎一派を捨てた。米崎の死も、彼らには伝えていない。

 ただ単純に、目の前のプログラムを、盲目的に、そして無心に作成している人間に過ぎなかった。米崎が死んだことで、その行動には執念がついたとか、悲しみからその行動に走っているとか、古木の行動にそんな様子は見られない。ただただ単純に、彼女はキーボードを打っている。ただ一つ、日本国家の転覆という、一人の男が唱えた、古木麦奈自身は一切の賛同もしていなかった目標のために、である。

 正しいとか、正しくないとかの領分は、そこにはない。

 ただ彼女は、何かに打ち込んでいたかった。

 古木麦奈。ネット上ではBreaker。米崎一派ではflour。

 その、彼女の部屋に、ノック音のようなものが鳴り響く。場所は自室の玄関から。古木がいる部屋から二メートルもない廊下を渡った先にあるドアからだった。

 数回のノック音から、やがてそれが強い打撃のような音に変わった。そうして、べこ、と玄関に着いていたドアが、頑強な金具を破壊され、取り付けられている場所から外れ落ちる。

 暗い部屋にはドアの先からは光が入り込んできて、その光の中心に古木は、小さな頭身の、一人の人物を視野に入れた。その人物は土足のまま、古木の部屋に入ってくる。古木も、椅子を回してその人物に向き直った。古木の予想通りに、相手は、まだ幼さを残した少女だった。

 対して、ドアを蹴り破った伍波が古木に抱いた感想は「儚さ」だった。白いワイシャツに、ブルージーンズ。黒い、脱色もしていない髪は肩の位置で整えられている。特徴のない顔にかけられられた赤渕の眼鏡の奥に見える、黒い、米崎のものとはまた別の光のない眼が、その飾り気のなさを語っていた。

「あなたが、古木麦奈さん、ですね」そんな言葉が、目の前の少女から無表情で呟かれた。「私は、伍波と言います」

「……そう」対して、古木が漏らしたのはそんもの。「米崎くんは死んだんでしょ? 今更、私のところに来ても意味はないと思うけど。伍波さんは、だって世の中の危険人物を相手にしてるんでしょ? 私は、そこまでの人間じゃないけどね」

「それは、嘘」伍波は、古木に銃口を向ける。古木自身は、それに対して身じろぎひとつ起こさなかった。「あなたは、まだ米崎一派を統率できる立場にある。実際に米崎稲峰の死亡をメンバーに教えていないのがその証拠です。米崎をあなたが演じれば、まだ、動かせるだけの力は残ってる」

「ふーん」古木は、興味もなさそうに、そう呟く。「それで、私を殺しに来たんだ。いいよ。やるといい。抵抗くらいは、させてもらうけどね」

 そう言って、古木は自室のキーボードの一つに手を伸ばす。伍波は古木に接近し、頭に銃口を突きつけて制止を呼びかけようとした。古木という少女に戦闘の能力は皆無だ。だからこそ、今まで積極的に外に出ることはなく、こんな狭い部屋に閉じこもって、電子画面ばかりを凝視していたのだから。

 伍波の予想より早く、古木の細い指がキーボードに到達し、非常に速い速度で六文字のアルファベットを打ち込んだ。




「止まれ」




 途端、伍波の全筋肉が、すべての運動系にストップをかける。音響は部屋の全体に響き渡り、伍波の耳にも的確に届いた。

 ――な、にが。

 それは、紛れもなく米崎稲峰の声だった。しかし、米崎の死体を伍波は確認した。この場に米崎稲峰がいるなどと言うことは在りえない。この場には、伍波と、古木のみが存在している。

手足が動かないのみで、首や眼球、口は動くことを確認し、伍波は部屋の中を確認する。

そうして、薄暗い部屋のいたるところに、大小様々なスピーカーが取り付けられていることを確認する。今の『声』はそこから出力されたものと見て間違いはないだろう。

「古木、麦奈さん、あなたは」

「これは、米崎稲峰が遺したものだよ」古木は、すでに伍波のことが眼に入っていないかのように、そう告げる。「米崎稲峰は死亡した。死んじゃったんだ、本当に。けどさ、これなら、米崎くんは、他の人が代わりになっても構わないでしょ。それを、作ったんだ」

 古木の言葉は要領を得ない。その様子を見て、古木は光のない眼で伍波を見た。

「電話の要領だ。音を電気の波に変換し、デジタル化して保存する。米崎くんの声を、一字一句、一言一言を記録してコンピューターに保存し、キーボードに打ち込んだ文字に合わせて、その音響を取り出す。結果、米崎稲峰が実在しなくても、米崎稲峰の脅威は持続する」

 米崎が、自分の生に無頓着だった理由である。例え自分が死亡したとしても、その最大の脅威である米崎稲峰の声だけは電子となって永久に実在し続ける。そのシステムを、米崎と出会った時から作成していた古木を見て、米崎稲峰は自分がいなくても、結果的に人類の崩壊は可能だと考えた。今回米崎の行動が隠密という概念を排斥していたのも、米崎稲峰の本命がこのシステムにあったからである。国際テロリスト、米崎稲峰は死亡した。それで大衆や黒衣の集団など、米崎の狙いを知らない人物達は危機は去ったと安心するだろう。形のない電子空間に、米崎稲峰の最大の能力が闊歩し事を起こす、その時まで。

 立ち止まった伍波を見てから、古木は椅子から立ち上がって部屋の隅にあったバッグの中に二台のPCを畳んで入れ始める。残りの一台は、米崎稲峰の声を入れた機材で、それはバッテリーの電源を抜いたままで、起動させたままPCを持ち上げた。

「どうして、あなたは動けるんですか」そこが、伍波には一番の疑問に思えた。米崎稲見の声というものは、特殊な音響を発して、意識のない無意識的な欲求を持たせるところにある。米崎稲峰の声には誰にも逆らえず、また、意思も無用である、と。それならなぜ、目の前にいる女は米崎稲峰の声を聞いて、自由に動いていられるのか。

「私には、生まれた時から欲求ってもんがない」そう古木は、真っ黒い眼を伍波に向けて呟いた。「欲しいともやりたいとも思わない。米崎くんがいくら私を洗脳しようと、私にはその願いってもんがないから、事実上、無害なんだ」

 米崎稲峰の『声』は米崎の地声である。だから彼は、自分の声質をわざと変えることで、意図的に能力のオンオフを使い分けていた。それは、彼にとって人間と関わる上で最も煩わしいと思える事柄だったらしい。だから、彼にとって生涯初めて地声で話せる人物という古木麦奈という人物は貴重だったのだ。

 そうしてこの時、古木麦奈は米崎が何故人間のことを嫌いになったのか、些細だったが分かったような気がした。自分に反抗をしない、どのような意思も能力の前には潰される。そんな脆弱な人間のことを、彼は嫌ったのではないだろうか。彼は結局、誰しもを味方につけられる能力を持ちながら、世界の誰をも味方につけない道を選択したのだ。

「米崎くんは死んだ。けど、その能力はまだ生きてる」古木はそう言って、未だに静止している伍波に呼びかける。「システムが確立すれば、容量と機材さえあれば容易に生産できる。『声』はもう、鳴り止まない。だから――私が――米崎稲峰になってやる」

「――は」伍波は、そんな古木のことを見て、鼻で笑った。「――そうかよ」

 伍波の表情と口調が変わったことを、古木は認識する。目つきが変わり、口調が変わり、態勢も若干変わってきている。古木麦奈は伍波百花という少女の特性を知らない。彼女が、誰に『成って』武力を振るうのか。そしてその『成った』人物のことも、よくは知らない。

「上等だぜ。そんじゃまあ、殺してやるよ」伍波は、自分の脳内のイメージで構成された、黒句轆轤に成り代わる。奇しくも、彼女が纏っているのは黒句の外套であり、袖が七分までしかなく、内側に大量の収納を取り付けた、ものだった。「――米崎稲峰!」


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