伍波百花
黒句轆轤は、伍波百花の目の前で死亡した。
そこからの異変は、時間にして五秒にも満たなかった。黒句轆轤の肉体はわずか三秒ほどで朽ちて失われ、ほとんど瞬きも許されないまま、黒句の肉体は身につけていた衣類とイヤフォンを残して消滅した。砂が崩れるように、急速に分解されたかのように、黒句轆轤は消えてなくなった。伍波は、その様子をじっと見つめていた。頭の中は、カラだった。
「伍波百花さん」そこで、伍波の目の前、高速道路の少し上から、一人の男が落ちてくるのを視野に入れる。それは、伍波達のリーダーである、一だった。「きみがここにいるのは意外だったな。もしかして、葉月さんのバイクで来たの?」
「はい。それで、なんとか間に合いました」言って、伍波は黒句の肉体があった場所に触れる。
「黒い服、着てないけど、どうしたの?」
「――友人に貸しました。あとで回収します」ふーん、と一は興味もなさそうに呟く。「一さんは、ここに何をしに?」
「米崎稲峰の殺害が終わったみたいだからその確認。あと、黒句くんが死んじゃったみたいだからさ。責任者として、その弔いのようなものかな」
一が黒句の死に対して漏らしたのは、そんな感想だった。そこに感情はない。そもそも、この一という人物が、ほんとうに人間の感情を理解することなどないように、伍波には思われた。
そこで、音がしていることに気が付く。どこからかと伍波は探るが、どうやらそれは、今伍波達がいる場所より少し離れた場所にある、米崎稲峰の死体からのようだった。それは電子音のようなもので、伍波は米崎の死体から、鳴り響くそれを取り上げて見せる。画面を血で濡らしたスマートフォンが、その音の正体のようだ。
着信表示は『古木麦奈』。
伍波が一に向くが、一自身はそれを見て既に無言通話の所作を取っている。
「うん、おけ。葉月さんにその電話を解析できるようにした。一応、出てみて」
いつ、そんなことをしたのか。伍波は訝しむように一を見ながら通話の表示を指でなぞった。
『――米崎くん? ごめん、電話はしない約束だったけど、その、一応と思って。どう? 高速は抜けられた?』
聞こえて来たのは、女性の声。声の持ち主はまだ若いことも認識できる。たぶん、二十歳はそこより更に下の年齢層。それが、素人である伍波に分かるほどに、その女性の声はまだ子供のような部分を多く残していた。
「米崎稲峰は、死亡しました」一瞬で、通話の向こうの人物の空気が張りつめたことが分かる。受話器から聞こえてきた聞いたこともない少女の声。それを聞いて、通話の相手、古木麦奈はどう思ったのか、途端に無言を貫いた。「初めまして、私は伍波百花といいます。あなたは、古木麦奈さんですね?」
『……君は、もしかして昨日テレビ局の前で一派を鎮圧した子、かな』
意外なことに、声を聞いただけで、古木麦奈は伍波百花の正体を看破した。
「インターネット上ではBreaker。男性口調のクラッカーですね。そして、米崎一派のエンジニア的な存在でもある。違いますか?」
伍波は、古木の質問には答えず、ただ自分の質問を優先する。
『米崎くんが死んだって、本当?』
「ええ、本当です。画像を送りましょうか? そうすれば納得すると思いますが」
『そう。あなた達が殺したの?』
「はい、そうです。こちらも一人、大切な人員が死亡しました」
『…………』そのまま、通話は切られた。伍波はすぐに一の方向に向くが、彼は無言通話の所作をし、なにやらメモ帳にペンを動かしている最中だった。しばらくしてペンを置き、無言通話の所作を取りやめて、記入したメモを破り、伍波に差し出す。
「うん、逆探知できたってさ。これ、その古木さんがいる場所。さすがに仕事が早いね。彼女」
その紙を、伍波は受け取る。記されていたのは住所だった。そうして、口を開く。
「私に行かせてください。この場所なら、分かります」
「ん? そう。でもきみ、アーマーはどうするの?」
無言で、伍波は黒句の外套を掴み上げた。そうして、それに袖を通す。
「黒句さんを、借ります。いいですね?」一は、そこで何かを察したように、笑って『いいよ』と口にした。伍波は、そのままバイクに乗り、高速の上を走って行く。一はそれを追うことはしなかった。ただ黙って、無言通話の所作をしたのみだった。




