殺人者の終着点
――ああ、くそ。
黒句は、そのまま硬い地面にどさりと倒れ込む。どう考えても限界だ。いや、当に限界など超えている。その状態で、最適を目指して走り続けたのだ。それはまあ、こうもなるだろう。
数分前まで全身にあった寒気も、今はない。痛みも、不思議なことにもう感じない。
見えるのは、今にも雨が降りそうな、曇天の空。大量の出血によって視力が落ちているからか、その全容を把握することは、黒句には難しい。
「…………」
ああ、死ぬんだなと、初めて思った。というよりかは、『やっと』死ねるんだなという、安堵に近い。一世紀以上を生きている黒句にとって、自分一人が死ぬのは結構気楽だった。詫びるべき家族もいなければ、自分がしなくても仕事は継続される。縛るものがない故に、黒句轆轤という男が死に対して感じるのは、少しの休日を貰ったような気分だった。
伍波百花――立花紫蘭のことは解決しておきたかった。米崎稲峰を生かす方法を十日は模索したかった。赤岸赤子は無事なのだろうか。萩原円居はどうなったのか。家納割率の家族にそれとなく家納が死亡したことを伝えたかった――心残りは色々あるが、それでも、それが、黒句轆轤という殺人者にとっては相応しい死に方だろう。
誰にも気づかれることなく、誰にも理解されることなく、一人で静かに、死んでいく。
恵まれているなあ、と黒句は思う。こんな男に、こんな死に方が許されるのか。
そこで、足音に気が付く。音などほとんど聞こえない状態になっているが、それでも若干の振動で分かる。おそらく、米崎一派の人間だろう。
幸運だな、と黒句は感じる。誰にも見られるはずがない、恵まれた死だと思っていたが、これはもしかすると、自分を知らない人物に死を知られ、かつ、その人物に報復として殺害される、そんな幸運な死になったかもしれない、と黒句轆轤は少なからず期待した。
その人物が、黒句の視界に入る。
そこにいたのは、伍波百花だった。
――なっ。
なんだそれは。黒句が想定した死に方において、これは最悪の結果ではないのか。
この子に、殺人となどとは関わってほしくはないただの少女に、こんな男の最期を見せるのか。それは即ち、この子の殺人者への道を決定することになるのではないか。
――ここで、俺に対しての帳尻合わせがされるわけか。
しかし、伍波百花は黒い外套を着てはいなかった。理由は分からないが、それは以前に黒句が立花紫蘭という少女に出会った時の様子とよく似ていた。
「…………」
黒句は、伍波に対してある賭けをしてみることにした。それはただ伍波百花の眼を、凝視するということにすぎないのだが。
殺人者になるということは、こういうことだ。
どのような死に方も、どのような行為も、自分で選択することは些細にもできない。
だから、黒い外套を着ることを辞めてくれ。
殺人者など捨ててくれ。
今すぐにでも、メンバーから抜けてくれ。このような男のように、成りたくはないのなら。
「分かりました、黒句さん」
いつも通りの無表情で、伍波は言う。
「米崎稲峰、その一派の処理を任せてくれる、ということですね。安心してください、仕事は、必ず私たちが引き継ぎます。だから」
――ああ、くそ。くそ。くそったれ。
考えが甘かった。そんなもの、通じるはずがないじゃないか。
しかしまあ、それこそが、黒句轆轤への回答としては正しいのかもしれない。
「…………ふ」そこで、黒句轆轤は伍波に対して笑いかけた。
理由は、黒句自身にも分からない。ただ、しみったれた死亡をしたくないという、意地の悪い格好つけをしたかっただけかもしれない。本当に、自分が嫌になる。
ただ人間のように、一人の少女に対して笑っていたかった。
ああそうか。
俺は、人間に戻りたかったんだ。




