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extra etc. fetus-  作者: サイタマメーカ
対象、米崎稲峰。72時間
51/60

米崎稲峰と黒句轆轤 5

「聞こえているなら、聞いてもらおう」




 霧の中からは、あの米崎稲峰の声がする。複数の音響。しかしそれも、イヤフォンから流れてくる特定の音波によって、黒句には作用しないようになっているのだが。




「俺は人間を殺し切れない、と言った。逆に言えば、それは俺以外の存在なら可能と言うことだ。つまりは、それが人間でなければいい。人間は、奇しくも人間以外であれば、大抵のものを作ることができる生物だ。人類の殺害は、それに任せればいい」




 黒句には、米崎稲峰の言っている意味が分からない。いや、分かったなら、それは恐らく、黒句轆轤が思考を放棄した時だろう。今の状態でも、黒句は自分の思考を投げていない。




「米崎稲峰はあくまで素材だ。応用は他に任せる。つまるところ、おまえが今殺害しようとしているのは素材であり、応用前の数値や、加工前の原石でしかない。ここでおまえが、自分の命を投げ出す覚悟で俺に挑み、そして殺害を成しえたとしても、何も変わりはしない。現状は打開できない。そんな簡単な話ではなくなっている。ただ、そこに死亡者が連なるだけだ。殺害は無為である。でなければ、人間を助けるものを、人間は欲しない。おまえたちは、そこを徹頭徹尾、絶対的に間違えている。米崎稲峰は、この時点で生きようと死のうと同じことだ」




 それは、黒句が知る限りでは人間の台詞ではない。生きている、それも理性ある生物が口にできる言葉では、ない。何がこの青年をそこまで変容させたのか。

 この青年は、自己を自己と捉えていない。何か別の、道具のような、もしくは偶像のようなものと捉えている。少なくとも、自分を「人間」だとは捉えていないだろう。

 この青年が見ている物は、黒句轆轤ではない。もっと別の、もっと広く、更にもっと時間的なものだ。「未来」や「歴史」と言い換えた方が早いかもしれない。彼が見ている物は、自分の人生の展望や展開ではなく、不特定多数の、自分が嫌悪する人間たちが死に絶えるにはどうすればいいか、またどうやれば成し得るか。そして自分が関わることによってどのような影響が、世界と、この先の未来にどのように影響するか。ただ、それだけなのだ。

だから、黒句轆轤は。

「ふざけるなよ、ガキ」

 初めて、米崎稲峰に憤慨した。

「自分を自分として捉えないなら、誰がきみを認めてくれるんだ。きみに味方はいない。全人類を敵に回したんだからな。だったらきみに助力を与えてくれるたった一つの存在は『自分』だけだろうに。それをないがしろにしてしまったから、きみはそんな風になったんだ」

 黒句轆轤が声を発することができたのは、強風によって大気に待っていた粒子状の睡眠薬が吹き飛ばされ、大きめの水分は待機を漂いながらアスファルトに落ちたからであり、それは黒句の計算通りだった。これでようやく、動くことが可能になる。

 ――満足に走ることができるのは、たぶん、次で最後か。

 黒句は自分の腹から流れている血液が、随分とアスファルトに流れていることを悟る。現に、黒句と米崎の間には、大量の流れ出た血液の痕が残っていた。赤と黒のアスファルトで斑状になった高速道路は、しかしそれもすぐに元に戻る。現に、黒句の腹から流れている血流は、黒句の足元に落ちた時点で消滅している。

「次で――終わりにするよ。米崎」発言の馬鹿馬鹿しさに呆れながら、黒句は言う。

 それを見て、米崎は傷を負いながら、未だ平静を装っている黒句轆轤という男に口を開く。




「やってみるといい。本当に、米崎稲峰を殺すことができるなら」




 地面を蹴る。最後の血液が絞り出される。できる限りの高速で、できうる限りは直線に、できうる限りは最速で、できうる限りの殺人を目指す。




「各員、黒衣の男を制圧しろ」




 米崎がそう言おうと、すでにそれを聞く人物は黒句一人だった。奥の手も出尽くした。米崎稲峰は、負傷した自分の四肢で、黒句轆轤に対抗することを決める。

 両者の距離が急速に縮まっていく。次の行動は、両者共既に決まっている。

 黒句が米崎の前に到達した際、寸前で足を止め、視界で負えないほどの速さで米崎の背後に回り込んだ。自分の手で持っていた刃物を口に銜え、衣服の中からさらに新しい刃物を一つ取り出す。両手と口、それぞれに刃物を持った黒句轆轤は、そのままのトップスピードで米崎の三か所を狙い穿つ。

「――は」そこで、米崎の表情が緩んでいることが目についた。初めて目に入る笑い顔。その正体を、黒句はすぐに認識する。

 米崎の手には、一つの音楽機器のようなものが握られていた。細長い、最新の機器だということが分かる。そしてそれは、今の今まで黒句が纏っていた黒衣のポケットに入れられていたものだった。――今、黒句がつけていうるワイヤレス・イヤフォンにジャマー音源を流している本体。

 米崎の右肩と腹、左肩に刃物が突き刺さる。そのまま、黒句は刺した状態で刃物を手放し、再度米崎の背後に回り込み、両手と口にそれぞれ一本の刃物を持たせる。

 その瞬間、米崎が突き刺された状態で音楽機器の電源を切った。黒句の耳に流れていた音が消失する。だが、もう遅い、黒句轆轤は、すでに米崎稲峰に対しての殺害行為を実行しようと、三本の刃物を致命に至る箇所に刺し込む準備を終えている。




「黒句――轆轤」




 黒句の足は、とっくに地面を蹴っている。一本を逆手に持ち替え、三か所、米崎の腹と心臓部と喉笛に、その刃物を突き入れた。




「よねざき――おれを、ころせ」




 息も枯れ果て、致命傷を幾つにも負いながら、米崎は未だにその『声』を吐き出していた。

 ――ああ、いいよ。

 黒句には、もう保持している刃物はない。――ただ、一つを除いて。

 黒句は、自分の腹に刺さっている刃物を抜き取る。当然、大量の血しぶきが、空中に放出された。その、血だらけになった刃物を、米崎稲峰の首筋に全力で突き刺す。

 口から大量の血液を噴き出して、米崎はその場に倒れ込んだ。

 遅い、と黒句は自分の行動に呆れる。実際に万全の状態ならば、米崎が声を発することを許す時間さえ与えなかっただろうに。そこは、黒句轆轤の計算外だ。

 唯一、黒句の計算通りだったのは、

 米崎稲峰の死亡が、大した苦痛もなく、ほぼ即死だったことだ。


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